自宅鉄道博物館新館にKATOのNゲージ、クハ86 314が入線しました。今回も中古品で1両単位での入線です。飾るのが目的ですので、好みにあう車両があれば有益な調達手段だと思います。タイミング次第での入手とはなりますが。
80系といえば、「湘南電車」の第一世代の電車ですが、現代の視点では客車のドアを広げて電車化したように見えます。101系以降のMM’ユニットの車両とも異なり、系としての性格も薄く便宜的な呼称でしょう。
模型のプロトタイプたる300番代は、1957年から翌年にかけて製造された全金属製車体の最終グループです。内装も木製の部分もなくなり、近代的になりました。もちろん冷房もなく、デッキ付きの出入口など、現代の電車とは大きく異なります。
クハ86 314実車の車歴ですが、1957年7月に日本車両で完成し大垣電車区に新製配置されました。廃車は1983年2月で最終配置は豊橋機関区です。最後は飯田線で活躍し、119系電車への橋渡しの役目を果たしたといえるでしょう。
佐野次郎の電車図鑑
首都圏を走る鉄道の編成写真を中心に綴るブログ(旧タイトル:佐野次郎の日記)
2026/01/25
2026/01/24
小田急電鉄2000形(2059F)
小田急電鉄の2000形は、1995年にデビューした、各駅停車をメインに活躍する通勤電車です。1000形の改良型に相当するものといえそうですが、1000形と3000形の間に埋もれそうな形式とも感じます。
最大の特徴は、ドアの幅が通常の車両(1.3m)よりも広い1.6mであることです(先頭車両の一番前のドアを除く)。
この車両はすべて8両編成(9編成が在籍)で運用されており、主に新宿〜本厚木間や多摩線内の各駅停車として走っています。
写真の2059Fは、2001年4月に川崎重工で完成したもので、2000形の3次車でなおかつ最終編成に相当します。大規模なリニューアルの対象からは外れておりますので、今後の動向が注目される形式です。
最大の特徴は、ドアの幅が通常の車両(1.3m)よりも広い1.6mであることです(先頭車両の一番前のドアを除く)。
この車両はすべて8両編成(9編成が在籍)で運用されており、主に新宿〜本厚木間や多摩線内の各駅停車として走っています。
写真の2059Fは、2001年4月に川崎重工で完成したもので、2000形の3次車でなおかつ最終編成に相当します。大規模なリニューアルの対象からは外れておりますので、今後の動向が注目される形式です。
2026/01/21
自宅鉄道博物館別館 豊橋鉄道T1000形 入線
豊橋鉄道市内線T1000形の鉄コレが入線しました。実車を撮影してから早12年、フリマで運よく入手できました。鉄コレは一時期に比べると値段も相当に上がっております。円安なので仕方がないと思いますが、その点で中古の入手手段があるのは助かります。
自宅鉄道博物館といっても、家族と相談して棚の一部を使って模型を並べているのですが、レコーダーの横が路面電車コーナーになっています。東京・横浜・名古屋・富山・京都・大阪・神戸・高知・長崎に加え、豊橋の路面電車が仲間入りです。
豊橋鉄道市内線は1992年と2013年の2回、撮影に行きました。1992年は名古屋市電1400形が転籍した3100形が主力でした。これこそ往年の路面電車かと思いうれしく思いました。2013年は1編成しかないT1000形に乗車しました。
2回とも豊橋駅前から赤岩口まで乗車したのですが、路線が5km弱と短いので帰りは豊橋まで歩きながら撮影です。1992年は豊橋から117系に乗って名古屋まで行き、2013年は豊橋からそのままこだま号で帰ってきました。こだまのグリーン車で飲むスーパードライ、大変美味しかったです。
自宅鉄道博物館といっても、家族と相談して棚の一部を使って模型を並べているのですが、レコーダーの横が路面電車コーナーになっています。東京・横浜・名古屋・富山・京都・大阪・神戸・高知・長崎に加え、豊橋の路面電車が仲間入りです。
豊橋鉄道市内線は1992年と2013年の2回、撮影に行きました。1992年は名古屋市電1400形が転籍した3100形が主力でした。これこそ往年の路面電車かと思いうれしく思いました。2013年は1編成しかないT1000形に乗車しました。
2回とも豊橋駅前から赤岩口まで乗車したのですが、路線が5km弱と短いので帰りは豊橋まで歩きながら撮影です。1992年は豊橋から117系に乗って名古屋まで行き、2013年は豊橋からそのままこだま号で帰ってきました。こだまのグリーン車で飲むスーパードライ、大変美味しかったです。
2026/01/18
小田急電鉄20000形(20001F)
小田急電鉄20000形は、1991年から2012年まで活躍した特急用車両(ロマンスカー)で、愛称は「RSE(Resort Super Express)」です。JR東海との相互乗り入れを目的に開発され、特急「あさぎり」として新宿駅〜沼津間を中心に運行されました。
JR東海の371系と基本仕様を合わせるため、小田急伝統の連接構造や前面展望席を廃止し、ボギー車による7両固定編成となりました。 パステルブルーとピンクの帯が特徴的なカラーリングで、1992年にブルーリボン賞を受賞しました。
ダブルデッカー車両が2両連結され、2階部分に「スーパーシート」や、1階部分にセミコンパートメント(個室)を備えていました。2階建て以外の車両も床を高くしたハイデッカー構造を採用し、広い窓から富士山や沿線の眺望を楽しめる設計となっていました。
写真の20001Fは1990年12月に日本車輌で完成したものです。2012年3月に営業運転を終了しました。7両のうち新宿方先頭車の20001号車とダブルデッカー車の20151号車が神奈川県海老名市にある「ロマンスカーミュージアム」で静態保存されています。
JR東海の371系と基本仕様を合わせるため、小田急伝統の連接構造や前面展望席を廃止し、ボギー車による7両固定編成となりました。 パステルブルーとピンクの帯が特徴的なカラーリングで、1992年にブルーリボン賞を受賞しました。
ダブルデッカー車両が2両連結され、2階部分に「スーパーシート」や、1階部分にセミコンパートメント(個室)を備えていました。2階建て以外の車両も床を高くしたハイデッカー構造を採用し、広い窓から富士山や沿線の眺望を楽しめる設計となっていました。
写真の20001Fは1990年12月に日本車輌で完成したものです。2012年3月に営業運転を終了しました。7両のうち新宿方先頭車の20001号車とダブルデッカー車の20151号車が神奈川県海老名市にある「ロマンスカーミュージアム」で静態保存されています。
2026/01/17
小田急電鉄1000形(1755F)
小田急電鉄1000形の「ワイドドア車」は、1990年代に深刻な混雑を緩和するために登場した、ドアの幅が非常に広い車両です。しかし、2026年現在はすでに全車両が引退しており、現役で走る姿を見ることはできません。
2026年現在、小田急線内ではホームドアの設置が急速に進んでいます。ワイドドア車はドアの位置や幅が特殊であるため、標準的なホームドアと位置が合わず、これが早期引退の決定的な要因となりました。
ワイドドア車1500番台最大の特徴は、一般的なドア(1.3m)の約1.5倍に相当する2.0m幅の巨大なドアでした。ドア付近に人が溜まりやすくなり、かえって奥まで入りにくいという課題もありました。そのため、後にドアの開口幅を1.6mに制限する改造が行われました。
写真の1755Fは、1992年2月に1554Fとして東急車輌で完成したものです。2004年8月に東急車輌で車体修理と機器更新を行い、あわせて1555Fから2両を組み込み4両編成から6両編成になりましたので番号の変更が行われました。
2026/01/14
自宅鉄道博物館本館 キハ81 1 キハ30 10 入線
私はNゲージをディスプレイ専門で楽しんでおりますが、飾る場所を自宅鉄道博物館と勝手に名付けています。最初に場所を確保した食卓から見えるボードのうち2段を使用しているのが本館です。
今回、特急形ディーゼルカーのキハ81形(キハ81-1)と、通勤型ディーゼルカーのキハ30形(キハ30-10)が入線しました。いずれもフリマで購入したものです。フリマでの購入は新品とは違いまったく事前に読めないので、自分の趣味とタイミングの組み合わせが全てです。
キハ81形は、国鉄初の特急形デイーゼルカーとして有名です。自分としては小学校の頃、ケイブンシャの大百科シリーズで、紀勢本線の特急「くろしお」から引退間近であることを知り、高校卒業間際に大阪の交通科学博物館で展示されているのを見ました。
キハ30形は、キハ35形の両運転型タイプですね。キハ30形そのものを実際に見た記憶はありませんが、相模線が電化される以前にキハ35形が塗り替えられて使用されていたことや、八高線の電化前に使用されているのを見た記憶があります。
今回、特急形ディーゼルカーのキハ81形(キハ81-1)と、通勤型ディーゼルカーのキハ30形(キハ30-10)が入線しました。いずれもフリマで購入したものです。フリマでの購入は新品とは違いまったく事前に読めないので、自分の趣味とタイミングの組み合わせが全てです。
キハ81形は、国鉄初の特急形デイーゼルカーとして有名です。自分としては小学校の頃、ケイブンシャの大百科シリーズで、紀勢本線の特急「くろしお」から引退間近であることを知り、高校卒業間際に大阪の交通科学博物館で展示されているのを見ました。
キハ30形は、キハ35形の両運転型タイプですね。キハ30形そのものを実際に見た記憶はありませんが、相模線が電化される以前にキハ35形が塗り替えられて使用されていたことや、八高線の電化前に使用されているのを見た記憶があります。
2026/01/11
小田急電鉄8000形(8263F)
8000形は、1980年代の小田急を象徴する「通勤電車の完成形」とも言える形式で、鋼製車体ながらも洗練されたデザインが特徴です。かつての「小田急顔」を現代的に解釈した端正なフロントマスクは、多くのファンから根強い人気を誇ります。
8000形の車体は普通鋼製です。丸みを帯びた額縁スタイルの前面形状が特徴です。後継のステンレス車両が増えるで、小田急伝統のアイボリーホワイトにブルーの帯を纏った最後の通勤車として、現在では極めて貴重な存在となっています。
2000年代に実施されたリニューアル工事により、登場時の界磁チョッパ制御から、最新鋭の3000形などと同等の環境性能を持つVVVFインバータ制御へと刷新されました。1000形や3000形との併結運用もこなすなど、汎用性と信頼性を両立した存在ともいえます。
写真の8263Fは、1985年12月に川崎重工で完成したもので、6連の5次車に相当します。2008年8月に車体修理を完了しております。8000形は5000形への代替が進行しており、一部の車両は西武鉄道への譲渡「サステナ車両」に選別されています。
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