2010/11/28

東京都交通局8800形(8807号)

 順調に増備が進んでいる荒川線の8800形ですが、最新の8806号と8807号はローズピンクではなく、紫色の新色をまとって登場しました。
 正式にはバイオレットという色だそうですが、ディープパープルという表現をされている方もいました。ディープパープルというと私のようなおじさんはロックバンドのほうを思い出しますね。
 HIGHWAY STARやSMOKE ON THE WATERで有名なアレですね。私が中学生くらいの頃エレキギターが仲間内でもずいぶんと流行りましたが、ギターの教則本には必ず取り上げられていました。
 思いっきり都電の話題から脱線しましたが、8800形には今後イエローとオレンジの車両も登場するようです。

東京都交通局7500形(7520号)

 都電荒川線の7500形も7510号が離脱し、残り4両となったようです。長きにわたる7500形の活躍もいよいよ最終章に入ったという感じですね。
 7500形の更新車体で初めて採用されたアイボリーにライトグリーンの塗装は、好感がもてますね。汚れは目立ちそうですが・・・。
 近代的な外観とは裏腹に、新造以来の吊り掛け駆動のモーター音が泣かせます。とっくに減価償却も終わっていると思いますが、よほど念いりに整備されているのでしょう。
 7500形は新形車両に置き換えられて引退するわけですから、路線廃止によって引退を余儀なくされる路面電車に比べて恵まれていると思います。

2010/11/27

185系(チタA4編成)

 特急電車らしくない特急電車だとかいろいろいわれた185系電車ですが、現在でも貴重な国鉄形車両の生き残りとして1両も欠けることなく活躍を続けています。特急のシンボルマークも絵入りヘッドマークも国鉄形特急電車の証であります。
 車体は普通鋼製で、運用の間合いに普通電車に使用することを考慮して、通常の特急形電車より側扉が幅広となっています。座席は製造当初は転換クロスシートでしたが、これが不評の原因ですね。特急でありながら、座席を倒せませんので・・・。今では座席は取り替えられ、倒せます。
 走行システムは兄弟車ともいわれる117系近郊型電車に準じたものです。165系以来の実績ある機器でまとめられていますから、信頼性は非常に高いわけです。今でも活躍している秘訣はそのあたりにありそうです。
 写真のチタA4編成は1981年5月に日本車輛で完成したものです。30年選手に近いです。週末の特急「踊り子」や通勤ライナーが185系の活躍の場ですね。いまだに後継車両も具体化していません。

211系(チタN24編成)

 113系ばかりが走っていた東海道線東京口に、新形211系電車が走り始めたのは1986年のことでした。しかしながら田町電車区に210両が揃ったところで211系の増備は終息してしまい、2006年3月のダイヤ改正まで113系が走り続けました。
 211系電車は車体のデザインが斬新で、窓も大きく非常に明るい印象を受ける電車です。その後のE217系やE231系ではなくなってしまった戸袋窓も残されていました。ただし日本経済の絶頂期ということでラッシュ時の混雑も激化し、中距離電車でありながら通勤電車と同じロングシートに移行していきました。
 主回路は添加界磁励磁制御という比較的安価に回生ブレーキを使用できる方式を開発しました。通勤型の205系にも導入されましたが、分割・民営化直前の国鉄の厳しい財政事情を反映しています。昨今のJR東日本における急ピッチな車両投入を見ると隔世の感があります。
 写真のチタN24編成は1989年10月に川崎重工で完成したものです。211系も東京ー上野間を結ぶ東北縦貫線が完成すると他路線へ転用されるという噂があります。実際にはどうなるのでしょうか?

E231系1000番代(コツK-28編成)

 東海道線東京口の電車といえば113系の印象が非常に強いですが、2004年から2006年にかけて国府津車両センターに一気にE231系が投入されて置き換わりました。
 E231系の車内は寒色系でまとめられていて、良く言えば清潔、悪く言えば味気ない感じがします。E231系のいいところは座席を囲む部分がプラスチック製で丸みを帯びていて、113系より柔らかい感じになっていることです。驚異の混雑となることもある東海道線でこれはうれしいことです。
 E231系は車体が軽いことと、モーター付き車両が少ないこともあってか滑るように走るという印象があります。同じくE231系を使用する湘南新宿ラインでもそうですが、座っていると眠りに誘われる車両であります。
 写真のコツK-28編成は2005年8月に普通車は新津車両製作所、グリーン車は東急車輛で完成したものです。また中間車2両は2002年7月に完成し宇都宮・高崎線用に使用されていましたが、グリーン車の組み込みにより転用されたものです。

2010/11/25

梅小路蒸気機関車館D50140

 梅小路蒸気機関車館は、京都市内に実際に使用されていた扇形の機関庫を利用して19両もの蒸気機関車が展示されているというたいへんな施設でありますが、ちょっとした泣きどころもあります。
 それはほとんどの機関車が機関庫に収納されているために機関車全体を撮影することが難しいということです。しかし貴重な文化的・産業遺産を目の当たりにできることができるわけですから、目をつむることといたしましょう。
 さらに特筆すべきは、ここでは動く蒸気機関車が見られるということですよね。機関庫の周りには石炭の匂いがします。現在稼働しているのはC622.C612.C571.C56160.D51200.B2010.8630の7両で、実際蒸気機関車をメンテナンスする機能を持っているわけですから凄いことだと思います。
 写真のD50140号機は1926年に日立製作所で完成したものです。煙突のフォルムがいい味だしてます。たまたま庫外に展示されていて全体を撮影できました。今ではこの場所に休憩室として使用されている50系客車が置かれています。
【撮影:佐野次郎 1992.1.16】

2010/11/23

西武鉄道101系(247F)

 武蔵境と是政を結ぶ西武多摩川線では、11月10日に101系の低運転台車の営業運転が終了し、新101系への代替が完了しました。
 多摩川線を走る新101系4編成はアイボリーを塗装のベースとしていますが、それぞれ「春」「夏」「秋」「冬」をテーマとしたラッピングを施すことになっています。
 多摩川線での使用にあたってワンマン運転用の機器を搭載したほか、パンタグラフはシングルアーム式に換装し、先頭車にはスカートを装備しています。
 写真の247編成は1979年12月に東急車輌で完成したものです。2010年3月に多摩川線に転属してきました。

E351系(モトS24+S4編成)

  中央本線の看板列車といえば、新宿ー松本間を結ぶ特急「スーパーあずさ」に使用されているE351系電車です。カーブにかかると車体を傾斜させて速度の低下を防ぐという「振り子電車」ですね。
 車体のデザインは常磐線の「スーパーひたち」651系電車の流れを汲んでいて、いかにも「特急電車」だぞという感じがしますね。アイボリーにライトパープルという塗装も新鮮な感じがします。残念なのは、グリーン車の座席配置が先代183系1000番台改造車の「スーパーあずさ」では2+1列だったのが、2+2列の配置に戻ってしまったことです。
 主回路はIGBT-VVVFインバータ制御を採用しています。ブレーキ装置は回生ブレーキと発電ブレーキを併用する方式としています。省エネルギーに役立つ回生ブレーキは列車の本数が少ない路線では効果が薄いので、発電ブレーキを併用しております。また振り子装置に関しては、電気的に制御する方式で乗り心地の改善を図っています。
 写真のS24+S4編成は1996年1月に日立製作所で完成し、松本車両センターに新製配置されたものです。1996年3月のダイヤ改正にあわせて投入されたものですが、E351系の増備車はこの2次車で終了し、60両で製造が終息してしまいました。

2010/11/22

E233系(トタT32編成)

 2本だけが残っていた201系電車も遂に引退し、中央快速線の通勤電車はE233系に統一されました。撮影する人も減ったかと思いましたが、いまでもけっこういますね。
 E231系まではコストダウン優先だったJR東日本の通勤電車ですが、E233系に至って信頼性を追求する方向に大きく転換されました。
 中央快速線のように乗客も多く、高密度に運転する路線にはE233系のような車両が適していると思います。先代の201系も103系に比較するとひとつ上をいく電車でした。
 写真のトタT32編成は2007年9月に川崎重工で完成し、豊田車両センターに新製配置されたものです。

2010/11/21

京浜急行電鉄1500形(1529編成)

 今月の中旬から京浜急行1500形の6両編成の電気連結器が順次撤去されています。理由はわかりませんが、おそらくコストダウンの一環なのでしょう。
 1500形と同じく普通列車に使用されている800形は、電気連結器をもともと装備しておりません。ということは分割・併合運転のない1500形の6連には電気連結器を装備する必要性は薄いのでしょう。
 毎日同じように走っているような気がする通勤電車も様々な事情により、少しずつ変化していきますね。廃止になる列車や車両の最後の勇姿をカメラに収めるのも良いけれども、私は日日の記録をすることにより共感します。
 写真の1529編成は1988年6月に東急車輛で完成したものです。当初は4連でしたが、編成換えにより現在では6連となっています。

京王電鉄9000系(9001F)

 京王電鉄9000系は、老朽化した6000系電車の代替を目的として2000年から2009年12月の間に264両が製造された電車です。あれだけ走っていた6000系が動物園線・平日の競馬場線に走るだけになってしまっているということは驚きです。
 9000系の車体はステンレス製ですが、技術の進歩を反映して側面はフラットになっています。軽量化を目的として戸袋窓は廃止となりました。室内は白を基調した清楚なイメージでまとめられています。また一人当たりの座席幅は8000系の440mmから450mmに拡大しています。
 主回路はIGBT-VVVFインバータ制御を採用しています。主電動機は出力170kwの誘導電動機HS33534-02RBを装備しています。台車はボルスタレス空気ばね台車TS-1017/TS-1018を装備しております。モニタ装置は検修機能を中心に充実を図っています。
 写真の9001Fは2000年12月に日本車輛で完成したもので、9000系の1次車に相当します。6000系・7000系との併結運転が可能なことが特徴です。なお9001Fをはじめとする8連8本については、都営地下鉄新宿線への乗り入れに対応しておりません。

京王電鉄8000系(8006F)

 京王電鉄8000系電車は1992年から99年にかけて244両が製造されました。府中・長沼・北野駅周辺の立体交差化完成を踏まえて実施された1992年春のダイヤ改正にあわせて営業運転に投入されました。
 車体はステンレス製ですが、前面のみ普通鋼製となっています。名車のほまれが高かった5000系のイメージを残しながら、スピード感のあるデザインでまとめられています。室内については暖色系の配色とし、明るく温かみのあるソフトなイメージとなりました。
 主回路はGTO-VVVFインバータ制御を採用しています。主電動機は出力150kwの誘導電動機TD6155-A形を装備しました。台車はペディスタル方式の空気バネ台車TS823A/TS824を装備しております。
 写真の8006Fは1992年4月に日本車輛で完成したもので、8000系の2次車に相当します。8000系は当初速達系の列車を中心に使用されていましたが、現在では列車種別に関係なく運用されています。

京王電鉄7000系(7021F)

 京王電鉄7000系電車は、1987年の増備車から側面の凹凸が少なくなり、よりすっきりとした外観になりました。
 今までは銀色だった前面もアイボリーに塗装されています。塗装を施したのには、線路の保守を行う作業員が電車に気付きやすくするためだそうです。
 現在ではラインカラーが変更され、先頭車にスカートがつき、パンタグラフもシングルアーム式となり新製当初とは少し印象が異なります。準特急や快速など速達系の列車にもかなり使用されています。
 写真の7021Fは1987年11月に日本車輛で完成したものです。新製当初は8連でしたが、のちに中間車を増備して10連になりました。2007年6月に若葉台工場で主回路をVVVFインバータに換装しています。

2010/11/20

京王電鉄7000系(7005F)

 京王電鉄7000系は1984年から96年にかけて190両が製造された電車です。6000系が京王線から退いたことにより、京王線では最古参という電車になりますがリニューアルも進んでいてあまり古い電車だという気はしません。
 京王線の電車では初めてステンレス製の車体となりました。6000系の構成をそのままステンレス製にしたような感じです。今では前面はアイボリーに塗装されていますが、製造当初は銀色で現在とはやや印象が異なります。
 主回路は界磁チョッパ制御としています。現在では改造によりVVVFインバータ制御への更新が進められています。京王線についてはVVVF車に統一されることになります。
 写真の7005Fは1984年度に製造されたもので、7000系としては1次車に相当します。2004年12月に若葉台工場でVVVF化改造を完了しています。

2010/11/18

山手イタリア山庭園

 横浜の山手というと、JR根岸線の山手駅周辺ではなく、本来はワシン坂のあたりから港の見える丘公園を通って、地蔵坂上までくらいをさしています。地名も山手町となっています。
 大きな家も目立ちますし、まだまだ使えるような建物が取り壊されてまた新しい建物が建ったり、更地になったりします。
 大きな家の他に目立つのが洋館をシンボルとした公園です。写真の「外交官の家」があるのが、山手イタリア山庭園というところです。石川町で電車を降りて大丸谷坂というけっこう急な坂を上ってたどりつくのがこの庭園です。駅から5分もあれば十分着きますが・・・。
 私の感覚では放置自転車の保管場所だったところですが、1990年代には洋館を2軒移築して、庭園として整備されました。けっこう散歩に訪れる方がいらっしゃるようですね。

小田急電鉄8000形(8259F)

 小田急8000形電車は1982年から87年にかけて160両が製造されました。いわゆる「小田急顔」から脱却した電車でありますが、1000形以降はステンレス車体となりましたので、小田急では貴重な普通鋼製の電車でもあります。
 車体は前面デザインがまったく新しいものとなっています。千代田線乗り入れ用の9000形電車が斬新なデザインで登場していながら、「小田急顔」の5200形を作り続けたのは不思議でしたが、ようやく9000形に遜色のない地上線用の電車が登場しました。
 主回路は当初は界磁チョッパ制御を採用していましたが、2003年度の車体修理を施した車両からIGBT-VVVFインバータ制御に更新しています。またブレーキ装置も応答性のよい電気指令式ブレーキに変更しております。
 写真の8259Fは1984年10月に日本車輛で完成したもので、6連の4次車に相当します。2005年8月に車体修理を終えています。

2010/11/14

小田急電鉄3000形(3254F)

 現在小田急で一番よく走っているのが3000形電車であります。2001年から2006年までに312両が製作されて、2600形や4000形といった「小田急顔」の電車を総取替し、5000形や5200形の置換えも進みました。
 車体はステンレス製ですが、2600形以来の裾絞りをやめているので、直線基調のスタイルとなり、いままでの小田急の通勤電車とはかなり印象が異なります。1次車については出入口が2000形と同様に広く、戸袋窓も残されておりました。
 主回路はIPM-VVVFインバータ制御を採用し、主電動機は出力180kwの誘導電動機MB-5092-Aを装備しています。ブレーキ装置は電気指令式ですが、ブレーキ読み替え装置を装備しているため従来の空気指令式ブレーキ車と併結して運転することが可能です。
 写真の3254Fは2002年2月に日本車輛で完成したもので、3000形の1次車に相当します。標準化仕様で製造された2次車以降とは異なり、小田急オリジナルの要素が強い電車となっています。

小田急電鉄3000形(3658F)

 小田急3000形は2002年度の2次車から「通勤・近郊型電車の標準仕様ガイドライン」に則り、仕様を変更しております。JR東日本のE231系や、東急5000系などに近い仕様になったといってもよいでしょう。
 側面の配置が一新され、出入口の寸法も一般的なものとなり戸袋窓も廃止されました。室内の色調には変化がありませんが、座席は方持式となっています。
 主電動機、制御装置、ブレーキ装置は1次車と変化はありませんが、さらに3次車からはTIOSという情報管理システムを導入して、配線の大幅な削減を行っています。
 写真の3658Fは2005年6月に川崎重工で完成したもので、3000形の5次車に相当します。8両編成で各駅停車を中心に運用されています。

小田急電鉄4000形(4059F)

 小田急電鉄の通勤電車でもっとも新しいのが、東京メトロ千代田線乗り入れ用の4000形電車です。JR東日本のE233系電車を基本に設計した電車で、主要機器の回路を二重化して故障に強い電車としています。
 車体はE233系と同じくステンレス製ですが、千代田線に乗り入れるため裾絞りのないストレート車体となっています。同じく千代田線に乗り入れる常磐緩行線用のE233系2000番台に近いものです。室内は明るめの赤を基調とした落ち着きのあるデザインでまとめられています。
 主回路はIPM-VVVFインバータ制御としています。主電動機は出力190kwの誘導電動機MB-5123-Aを装備しています。TIOSという編成全体の機器を管理する情報システムを採用しておりますが、これはJR東日本のTIMSと同じ役割を果たしているものです。
 写真の4059Fは2009年11月に東急車輌で完成したもので、4000形の2次車に相当します。4000形は千代田線直通運用の他、小田急線内の快速急行や急行にも活躍しています。

2010/11/07

東京地下鉄16000系(16103F)

 東京メトロ千代田線では、長らく1971年から量産していた6000系電車を主力として使用してきましたが、機器の劣化も進んでいるため2012年までに16000系電車160両〈10両編成16本〉を導入して一部を置き換えることになりました。
 16000系の車体はアルミ合金のダブルスキン構造となっています。16000系の車内は壁面と天井が白、座席と床を青でまとめた落ち着きのある配色となっています。17インチのモニタ2台が扉の上にあるのは、有楽町・副都心線10000系、東西線15000系と同様です。
 主回路はIGBT-VVVFインバータ制御としています。主電動機には出力205kwの永久磁石同期電動機を採用しています。この方式だと現在主流の誘導電動機よりもさらに効率が良いそうです。そのため16000系では電動車比率を再び4M6Tと低くしています。
 写真の16103Fは2010年10月に日立製作所で完成したものです。この編成はまだ営業運転に入っていませんが、小田急多摩線で試運転を行っているところをたまたま撮影できました。

2010/11/06

東京地下鉄05系(05141F)

 営団地下鉄は2004年4月の株式会社化により、東京地下鉄株式会社〈東京メトロ〉に改組されました。05系の13次車は東京メトロの標準型車両という位置付けで製作されたものです。
 車体は従来の05系と同じくアルミ製ですが、ダブルスキン構造を採用して、製作のモジュール化を進めて工作の合理化を図るとともに、相互乗り入れ先の東葉高速鉄道との共同調達を図ることにより従来の05系に比較して15%の導入コストの削減を実現しております。
 主回路はIGBT-VVVFインバータ制御を採用しております。電動車比率は5M5Tとしています。05系13次車は、有楽町・副都心線用10000系電車の基本となった電車でもあります。
 写真の05141Fは2004年11月に日立製作所で完成したもので、05系の13次車に相当するものです。このグループから日立製作所の「A-TRAIN」となっております。なお東西線開業以来の5000系の全取替には有楽町線からの07系が充当されました。

東京地下鉄05系(05125F)

 営団地下鉄〈当時〉東西線の05系電車の製造は1988年から1994年までの240両〈10両編成24本〉をもって一旦終息し、残りの230両〈10両編成23本〉については旧形の5000系を冷房化・更新修繕を行い使用していましたが、1999年から05系の増備が再開されました。
 車体のデザインは、当時東西線が地下鉄では唯一快速運転を行っていることもあり、スピード感を強調したデザインに変更されました。また座席は方持式としたため、足元は広くなりました。今の電車ではあたり前のように足元は広いですが、昔の103系なんかだと足元は板でおおわれていて冬はヒーターの熱を感じたことを思い出します。
 主回路はIGBTーVVVFインバータ制御を採用し、従来の05系に比べて機器の小型・軽量化を図っています。また運転台は東西線では初めてのワンハンドルマスコンを採用しました。パンタグラフは菱型となっております。
 写真の05125Fは、1999年11月に川崎重工で完成したもので05系の8次車に相当します。私個人としては、7次車までのデザインのほうが好ましいように思います。

東京地下鉄05系(05124F)

 営団地下鉄〈当時〉東西線では、1988年度から05系電車を投入して開業以来の5000系の代替を進めてサービス改善を図ってきました。1992年度に増備された6次車からは、千代田線06系の仕様を取り入れて大幅な改良を図っています。
 前面デザインは従来の05系と変化はありませんが、側面の窓配置は06系や有楽町線用に製造された07系に準じたものになっています。ちなみに現在では07系全車が、有楽町線から東西線に転属してきています。
 主回路は初期の05系はチョッパ制御でしたが、6次車からVVVFインバータ制御に変更して電動車比率も6M4Tから4M6Tに下げています。これも06系・07系の仕様を反映したものです。搭載機器のほとんどが06系・07系と同一となっています。
 写真の05124Fは1994年5月に近畿車輛で完成したもので、05系の7次車に相当します。5000系のアルミ車から再利用した部材を網棚などにリサイクルしていることを示す「AL」マークを前面に掲示しております。1999年度に製作された8次車までいったん05系の製造はとだえることになりました。

2010/11/03

本牧山頂公園 荒井の丘 オープン





 拙宅の近所にある本牧山頂公園の拡張工事が先月に完成しました。もともとは山林だったところで、聞くところによるとタヌキも棲んでいたそうです。タヌキには越していく先があったのでしょうか?
 強いて公園にする必要性があったのかわかりませんが、この工事によりYCACからマイカル本牧まで公園を通って歩いていけるようになりました。
 本牧の海が見えるようになるのかな?とも思っていましたが、石油コンビナートのほうがよく見えます。「工場萌え」の趣味がある方はいい写真が撮れるかもしれません。
 今回新たに公園になったあたりは、「荒井の丘」という名称からわかる通り、本牧荒井というところになります。隣町の間門から根岸にかけて「新井」という家が多いですが、何らかの関係があるのでしょう。

2010/11/01

京浜急行電鉄800形(803編成)

 永遠に続くかと思われた猛暑がようやく去ったと思ったら、このところ寒い日が続きますね。夏をひっくり返していきなり冬が来たという感じさえします。
 天候もそれほど良くはなく曇りの日が多いですね。しかしながら鉄道写真を撮るという意味では、曇りが一番都合がいいです。光の向きをそれほど意識する必要がなく、晴れの日のように架線の影が写真に写ったりすることもありません。
 昨日は京浜急行を杉田あたりで撮影しようと思っていましたが、降りそうなのでやめておきました。休肝日ならぬ休鉄日も久しぶりです。体調が悪い時を除いて土日のいずれかは撮りに行っておりましたので・・・。
 写真の京浜急行800形803編成は、1978年12月川崎重工で完成したもので、800形の1次車に相当します。現在では同時に完成した804編成と併結されて6両固定編成となっています。戸袋窓のほうが大きいのが1次車の特徴です。