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2013/04/19

豊橋鉄道モ3100形〈モ3102〉

1992年に豊橋鉄道市内線を訪問した際の主力車両は、もと名古屋市電1400形を譲り受けた3100形でした。当時は8両が在籍し、冷房化改造を行っているところでした。ちなみに車両と施設の近代化は大きく進みましたが、運賃は150円のままです。
3100形は、1971年にワンマン運転を行うために、名古屋市交通局から9両を譲り受けたものです。1990年と1993年に各1両が廃車となり、2005年に名鉄岐阜市内線からモ780形・モ800形を譲り受けたため6両が廃車となり、3102だけがイベント対応車として残りました。
3100形の冷房改造は1990年から94年にかけて行われましたが、冷房改造と同時に各部の補強に加え、窓枠のアルミ化、床のビニールシート貼り、シートモケットの交換など内装の更新も行われました。
写真の3102は、1943年10月に新潟鉄工所で名古屋市電1466として完成したものです。2011年2月のICカード「manaca」導入に際して対応工事が見送られ、現在休車中です。写真は冷房改造前の姿です。現在では上屋が設置されたので、このアングルでの撮影は不可能です。
【撮影:佐野次郎 1992.10.9 赤岩口】
現在の3102は休車中 2013.4.15 赤岩口車庫 敷地外から撮影〉
モ3101 1992.10.9 井原ー赤岩口間
モ3108 1992.10.9 駅前大通ー新川間

豊橋鉄道モ3200形〈モ3203〉

豊橋鉄道モ3200形は、名鉄美濃町線の580形4両のうち3両を1976年と1981年に譲り受けたものです。
私が1992年に訪問した際に、活躍していた車両で今なお現役として活躍しているのは、この形式だけとなっています。当時の主力であったモ3100形は、休車の3102を残すのみとなっております。その他金沢からやってきた3300形が在籍しておりました。
1992年の段階ではモ3200形は非冷房でしたが、1994年から95年にかけて冷房改造tp窓枠のアルミサッシ科を行いました。その際に製造年次や改造によって生じた各車両の差異がみられなくなっています。
写真の3203は、1955年3月に名鉄岐阜市内線582として日本車両で完成したものです。2008年12月から、豊橋鉄道標準色のクリームに赤帯の塗装に復元され、夏のビール電車や冬のおでん電車などのイベントに活躍しております。
【撮影:佐野次郎 2013.4.15 赤岩口車庫〈敷地外から撮影〉】
左3202 右3502 市内線営業所にて
左3203 右3103 市内線営業所にて 1992.10.9
現在の赤岩口車庫
赤岩口車庫 1992.10.9

2013/04/18

豊橋鉄道モ3500形〈モ3504〉

モ3500形は、東京都電荒川線の7000形電車を、1992年と1999年に2両ずつ譲り受けたものです。豊橋鉄道市内線への入線に際して、赤岩口工場で1372mmから1067mmへの改軌やステップの増設等の改造工事を実施しました。
1992年に入線した3501.3502は、都電時代に非冷房であったため、冷房改造も併せて実施しています。ちなみに改造された前扉は、引戸から折戸に変更されておりますね。
2000年に豊橋で再デビューした3503.3504については、都電時代に既に冷房改造を実施しているため、最初の2両とは細かい部分で差異があるそうです。
都電で活躍を続ける仲間たちが、方向幕をLED化したりパンタグラフをシングルアーム式にしたりしていますが、ステップを追加してZパンタで走る3500形は豊橋の電車になりきっていますね。
【撮影:佐野次郎 2013.4.15 東田ー競輪場前間】
モ3501 もと東京都電7009 1977.11 アルナ車両 赤岩口車庫〈敷地外から撮影〉
モ3503 もと東京都電7017 1977.11 アルナ車両 赤岩口
改造を待つもと東京都電7028〈現:モ3502〉  赤岩口工場〈敷地外から撮影〉1992.10.9

2013/04/17

豊橋鉄道モ780形〈モ784〉

1992年に豊橋鉄道市内線を訪問した際の主力車両は、もと名古屋市電1400形のモ3100形で、8両が在籍しておりました。冷房改造こそされておりましたが、車内はむかしの市電そのもので、堂々の吊り掛けサウンドを響かせて走っておりました。
2005年に名古屋鉄道岐阜市内線の全線廃止に伴い、モ800形1両とともに、モ780形7両を譲り受け、一挙に車両の近代化を図りました。豊橋鉄道市内線としては初めてのVVVF制御の高性能車となりました。
もともとモ780形は、名鉄が路面電車の復権と新技術導入による効率化を目指して、岐阜市内線・揖斐線直通用として、1997年と98年に導入した電車でした。
写真のモ784号は、1997年4月に日本車両で完成したものです。豊橋市内線への入線に際して、赤岩口工場で、連結器の撤去やワンマン機器の増設等の改造を行いました。車番は名鉄時代と同じです。同日に撮影した同形車の写真を以下に掲げます。
【撮影:佐野次郎 2013.4.15 井原ー赤岩口間】

モ781 1997.4 日本車両 井原ー競輪場前間
モ782 1997.4 日本車両 井原ー赤岩口間
モ785 1998.4 日本車両 前畑ー東田坂上間
モ786 1998.4 日本車両 赤岩口工場〈敷地外から撮影〉
モ787 1998.4 日本車両 東田坂上ー東田間

2013/04/16

豊橋鉄道モ800形〈モ801〉

名鉄が「人と環境にやさしい新しい都市交通」を目指して2000年に美濃町線に投入した部分低床車800形3両のうち1両を、名鉄岐阜市内線が全線廃止された2005年に豊橋鉄道が譲り受けたものです。ちなみに800形の残り2両は福井鉄道に移籍しています。
豊橋鉄道市内線への入線に際しては、赤岩口の工場でワンマン運転用機器の増設など、最小限の改造を行い、塗装も岐阜時代のままで2005年8月に営業運転を開始しました。現在では「パト電車」としてパトカーを模した塗装になって交通安全の啓蒙に従事しております。
残念なのは、名鉄岐阜市内線の廃線ですね。マイカーの普及はもちろんのこと、安全地帯を作れずに道路で直接乗り降りするような停留所が残ったりと、いろいろと難しい面があったようです。昭和30年代に廃止になった支線を維持できていたら、別の展開もみられたとも思われます。
写真の801号は2000年6月に日本車両で名鉄岐阜市内線801号として完成したものです。上記のように、2005年8月に豊橋鉄道市内線で再デビューしましたが、車番はもとのままです。またT1000形の導入にも影響を与えたといわれております。
【撮影:佐野次郎 2013.4.15 東田ー競輪場前間】

豊橋鉄道T1000形〈T1001BCA〉

21年ぶりに豊橋鉄道市内線を訪問してきました。豊橋の駅前にはきれいな駅ビルが立ち、再開発され、1992年に訪れた際にどんな様子だったか思い出すこともできませんでした。豊橋鉄道市内線の起点である駅前電停も整備され、アクセスも良好でした。わかりやすい位置にあります。
豊橋鉄道が83年ぶりに発注した電車であるT1000形が注目の的です。小規模な割に多彩な車両の走る市内線の中でも抜群に目立ちます。アルナ車両の低床連接車「リトルダンサーUa」シリーズの電車で、純国産の技術で製造されたものです。
実際に乗車してみると、座席配置が巧みで、ノンステップバスにありがちな不自然さもありません。大きなガラスを採用した乗降扉もデザイン性が高いです。そして静かで滑るような乗り心地は素晴らしいです。
写真のT1001号は2008年12月にアルナ車両で完成したものです。またT1000型には「ほっトラム」の愛称がつけられております。増車の予定はないそうですが、ICカードが利用可能になっております。
【撮影:佐野次郎 2013.4.15 競輪場前ー東田間】

2010/09/11

豊橋鉄道3100形〈3104号〉

 豊橋鉄道豊橋市内線は、豊橋駅前ー赤岩口間4.8kmと井原ー運動公園前間0.6kmからなる路線です。小規模ながら施設の改善も進み、活気のある路面電車です。私こと佐野次郎は1992年の10月に撮影に行ってきました。
 当時の主力は3100形で7両が在籍していました。もとは名古屋市電の1400形で名車とうたわれた電車でもあります。
 豊橋鉄道市内線へはワンマン運転実施のため、1971年にやってきました。私も92年に乗車したのですが、吊り掛け駆動のモーター音を響かせながら元気に走っていました。小さい頃に乗った京都市電を思い出しました。
 写真の3104号は1943年に新潟鉄工所で完成したものです。全廃となった名鉄岐阜市内線から780形が転入したことにより、2006年3月に廃車となっています。3100形は3102号だけがイベント用として在籍しています。
【撮影:佐野次郎 1992.10.9体育館前ー東八町間】

豊橋鉄道3200形〈3202号〉

 名古屋鉄道美濃町線から580形4両のうち3両が1976年と80年に転入してきて、豊橋鉄道3200形となりました。
 3200形は1982年7月の井原ー運動公園前間0.6kmの新線開業に備えて購入した車両でもあります。路面電車の新線というのは非常に珍しいものです。現在でも富山で新線が開通したとはいえ、なかなか後に続く路線が出てきません。
 一方3200形のお里である名鉄の岐阜市内線・美濃町線は2005年4月に全廃となってしまいました。1980年代以降数々の新車が投入されていたにも関わらず、乗客減には歯止めがかからなかったようです。最後まで活躍した仲間たちは、いまや福井鉄道と豊橋鉄道市内線の主力になっています。
 写真の3202号は、名鉄581号として1955年3月に日本車輛で完成しました。1980年に豊橋鉄道に移籍し、1981年6月から走り始めました。1995年6月に冷房改造を受け、いまも現役で走っています。
【撮影:佐野次郎 1992.10.2井原】

2010/09/09

豊橋鉄道3300形〈3302号〉

 豊橋の路面電車には、名古屋や岐阜のほかに金沢からやってきた電車も活躍していました。北陸鉄道金沢市内線2300形2両が豊橋鉄道3300形となりました。
 金沢の路面電車は、狭い道路に軌道が敷設され急曲線も多くあったので、車体が小型なのが特徴です。名古屋鉄道岐阜市内線に移った仲間もいましたが、これらの車体ももちろん小型でした。
 3300形は吊り掛け駆動ですが、間接制御を採用しています。弾性車輪を採用し、路面電車としては高性能で乗り心地も優れた電車であったと云われています。
 写真の3302号は、1961年3月に日本車輛で完成し、北陸鉄道金沢市内線で活躍しました。同線の廃止により1967年5月に豊橋鉄道で走り始めました。車体が小型過ぎて冷房化改造ができないため、2000年3月に廃車となっています。その後鉄道総合技術研究所に引き取られ新技術の実験に活用されています。
【撮影:佐野次郎 1992.10.9赤岩口】