2010/12/05

209系1000番代(マト82編成)

 1999年に営団地下鉄〈当時〉千代田線・常磐緩行線の増発用として、209系1000番代20両〈10両編成2本〉が松戸電車区に新製配置されました。
 209系は既に拡幅車体を採用した500番代が、中央・総武緩行線に投入されていましたが、1000番代は地下鉄線の規格にあわせてストレート車体としました。また正面の助手席側には非常用の貫通扉を装備しています。
 高加減速性能の確保と異常時救援を目的として、6M4Tとモーター付き車両の比率を上げています。主電動機はE231系と同じMT73を装備しています。またパンタグラフは地下鉄線内で使用されている剛体架線に対応したPS21を装備しております。
 写真のマト82編成は、1999年9月に東急車輛で完成したものです。側窓の一部開閉可能化や大型スカートへの換装などの改造を行っています。現在進んでいるE233系2000番代の新製投入による置き換え対象からは外れています。

203系100番代(マト67編成)

 中央快速線のオレンジ色の201系電車が完全に引退した状況の中で注目されるJR東日本の通勤型電車といえば、京葉線の201系か常磐緩行線を走る203系ということになるのではないでしょうか?
 203系電車は、201系電車の走行機器を基本として地下鉄千代田線乗り入れ用に開発された電車です。1982年の我孫子ー取手間の複々線化完成を契機に量産先行車1本が完成し、1986年までに170両が製造されました。
 主回路は201系と同様に電機子チョッパ制御で、ようやく営団地下鉄6000系と同じく回生ブレーキを使用できるようになりました。車体も6000系と同じくアルミ製となりました。主電動機はMT60形、台車は電動車がDT46A形、制御車と付随車がTR234形を装備しています。
 写真のマト67編成は1986年2月に川崎重工で完成したもので、台車をボルスタレス式のDT50A形モーター付き台車とTR235A形モーターなし台車に変更した100番代属します。100番代は同時期に製造された山手線用205系電車と同様に新製コストの低減を図った車両であります。

鉄道博物館ED75775

 ED75形電気機関車は交流区間における標準型電気機関車として、1963年から302両が製造されました。東北・奥羽本線や九州地区などで使用されました。基本番台の他、九州向けの300番台、1両だけの北海道向け500番台、高速貨物牽引用の1000番台、改良形の700番台があります。
 鉄道博物館に保存されている775号機は、1971年の奥羽本線秋田ー青森間の電化に備えて投入された700番台に属します。パンタグラフが下枠交差型になっているので、他のグループとは容易に識別できます。
 上野ー青森間を奥羽本線経由で結んでいた寝台特急「あけぼの」の牽引にも活躍しました。赤い機関車と青い客車の組み合わせは「絵になる」姿でした。現在では山形・秋田新幹線に対首都圏輸送の主力が委ねられ、「あけぼの」も上越・羽越本線経由にルートを改めています。
 775号機は1975年に東芝で完成したものです。ちなみに青函トンネル専用機関車として活躍しているED79形は、JR貨物が新製投入した50番台を除いてED75形700番台からの改造車であります。

2010/12/04

鉄道博物館EF6611

  EF66形電気機関車は東海道・山陽本線での高速貨物列車の牽引を目的として、1968年から75年にかけて55両が製造されました。1966年のダイヤ改正から行われたEF65形の重連運用などを置き換えています。
 EF65形までの国鉄の電気機関車とは明らかにフォルムが異なり、欧米の車両のような風貌でした。また電気機関車としては初めて、空気バネ台車を装備しています。
 1985年からは東京ー下関間でブルートレインの牽引にも従事するようになりました。当時は貨物列車の削減により余剰車も生じていたのを、寝台特急の高速化に活用したものです。
 写真の11号機は1968年に川崎重工で完成したものです。.現在でもJR貨物にEF66形は現役として在籍しており、さらにJR貨物が増備した100番台も活躍しています。

鉄道博物館EF5889

 EF58形は御承知の通り、戦後の国鉄を代表する電気機関車ですね。1946年から57年にかけて172両が製造されました。
 初期形の31両に関しては、デッキ付き箱型車体で登場しましたが、のちに流線型の車体に乗せ換えられ、箱型車体は貨物用のEF13形電気機関車で再度利用されました。さらに箱形車体のまま歯車比を変更してEF18形として3両が完成しています。
 EF58形は特急「つばめ」「はと」の牽引に使用されたほか、昭和40~50年代にはブルートレインの牽引にも使用されました。1984年2月まで行われた東海道・山陽本線の荷物列車の牽引が、EF58形としては最後の運用となりました。
 写真の89号機は1956年に日立製作所で完成したものです。積雪の多い上越線で使用されたため、正面窓にツララ切りを装備しています。国鉄の分割・民営化後もジョイフルトレインの牽引のために現役でいましたが、1999年に廃車となりました。

鉄道博物館ED4010

 現在は長野新幹線が首都圏と軽井沢を結んでいますが、1997年の新幹線開業まで横川ー軽井沢の急こう配区間では、EF63形電気機関車が特急電車まで含めて全列車に専用補機として連結されていました。
 さらにEF63形の本格的な投入までは、アプト式といってレールの他に歯車を併用するという特殊な方式で運転されていました。なにしろ1.000mで66.7m駆け上がるという急こう配区間ですので、通常の鉄道車両では対応が困難だったのです。
 ED40形電気機関車は、1919年から23年にかけて14両が製造されました。輸入ではなく初めての国産による電気機関車でもあります。
 写真の10号機は唯一の現存するED40形で、アプト式用の機器を撤去したうえで1944年から1964年にかけて東武鉄道日光軌道線で貨物列車の牽引に使用されました。1968年の路線廃止後、東武鉄道から国鉄に寄贈され、準鉄道記念物として整備されました。

2010/12/01

鉄道博物館ED171

 鉄道博物館に展示されているED17形電気機関車は、1925年の東京ー国府津・横須賀間の電化に備えてイギリスから輸入されたものです。
 1040形として1925年5月田町機関区〈当時〉に新製配置され、横須賀線の旅客列車牽引に使用されました。1928年10月の形式称号改正により、ED50形の1号機に改番されました。
 1931年8月には大宮工場で勾配路線用に歯車比を改めて、ED17形の1号機に改番され、甲府までの電化が完成したばかりの中央本線に転用されました。
 1970年11月に甲府機関区で廃車され、1972年から甲府市内の舞鶴城で静態保存されていました。1997年には城の公園改修を契機として大宮工場に移送されて保管されたのち、鉄道博物館に収蔵されました。