近年のまるでわが身を焼かれるようにさえ感じられる酷暑や、目まぐるしく変わる地政学的リスクのニュースに接するたび、一小市民として、この国の持続可能性について深く考えさせられます。
世間では「新型ドローンの導入」や「最新の防衛装備品の調達」といったトピック、あるいは「何でも民営化すれば効率化する」という風潮が目立ちますが、これらは本当に100年後の日本を支える骨格になり得るのでしょうか。
今回は、少し大局的な視点から、公共インフラと安全保障の「グラデーション(融合)」について、私の頭の中の思考を整理してみたいと思います。
1. 使用期限のある「生もの」と、100年残るインフラの差
現在、防衛予算の増額が議論されていますが、その中身の多くは弾薬の備蓄やドローンの調達に向けられているように見受けられます。
しかし、あえて現実的なコストを見つめ直すと、これらには特有の「罠」があります。弾薬には厳格な「使用期限」という寿命があり、有事が起きなければいずれ莫大な費用をかけて廃棄するしかありません。ドローンもまた、電子戦やAIの進化によって数ヶ月で「ただのゴミ」に変わるほどの激しい陳腐化リスクを抱えています。
これらは昨今の厳しい国際環境を考慮すると自衛のために最低限保有せざるを得ないものの、本質的には「資産」として国家を豊かにすることはありません。
一方で、もし同じ予算を「鉄道の標準軌(フル規格)化」や「主要港湾の強靭化」といった基礎インフラに投じたらどうでしょうか。これらは一度整備すれば100年経っても陳腐化せず、有事には強固な「兵站(ロジスティクス)」として機能し、平時には「北海道の豊かな農産物や、地方の先端産業の物資を秒単位で首都圏へ運ぶ大動脈」として、日本経済に継続的に富をもたらし続けます。
平時と有事の双方で機能する「デュアルユース(二面性)」の視点こそ、これからの人口減少期に不可欠な知恵だと感じます。
2. 「新在二本立て」の限界と、大宮〜新宿のミッシングリンク
現在の日本の物流を象徴する青函トンネルでは、新幹線(標準軌)と貨物列車(狭軌)が線路を共用する「三線軌条」という極めて複雑な運用が行われています。レールの摩耗や夜間の保守時間の奪い合いは、すでに一民間企業の努力で維持できる限界を超えています。
日本が明治期に「狭軌」を採用して以来、在来線は世界標準から孤立したままです。もし、国防・産業上の重要路線から段階的に「標準軌化」へ舵を切り、JR貨物が走らせているせコンテナ専用電車(スーパーレールカーゴ)のような高速貨物電車を新幹線規格で縦横無尽に走らせることができたら、日本の物流は劇的に変わるはずです。
さらに言えば、長年幻の構想とされてきた「大宮〜新宿」間のを公費で整備するようなグランドデザインがあっても良いのではないでしょうか。新宿ルートの整備で線路容量が限界に達した大宮ー東京間を事実上複々線化することにより、北海道から隅田川、そして大阪・山陽・さらには九州へと「一本の標準軌のレール」で高速物流が繋がれば、ドライバー不足の2024年問題も、有事の即応体制も、一挙に解決へと向かうはずです。
3. 「所有は公、運営は民」という上下分離の必要性
なぜこれが実現しないのかといえば、「JR各社」という上場した民間企業に、国家の安全保障や100年先の骨格たるインフラの維持管理を丸投げしてしまっているからです。民間企業である以上、株主への説明責任や目先の四半期決算に縛られ、数千億円規模の不採算な基礎投資には二の足を踏まざるを得ません。
少子高齢化で民間が「電池切れのスマホ」のように疲弊していくこれからの時代、私たちは「何でも民営化すればいい」という近視眼的なベクトルを一度見直す必要があるものと考えています。
フランスのように、線路やトンネルなどの「下部構造」は国家や自治体が安全保障インフラとして100%所有・維持(公有)し、日々の効率的なダイヤ編成や運行サービスは民間のプロに委託する(民営)という「上下分離方式」への完全なシフトが理想的です。
あとがき:一市民として
戦前の日本には、平時は世界中で外貨を稼ぎ、有事には有力な航空母艦へ迅速に改造できることを前提に、国が補助金を出して民間に優秀な大型客船を建造させていた歴史(徴傭船制度)がありました。そこには、限られた国家予算の中で平時の経済と有事の防衛を一体として捉える、極めて高い合理性がありました。
翻って現代の私たちは、目先の人気取りの政治や、「何でもお上のせい」にする客分意識、あるいは逆に「すべて自己責任」とするなんとも冷淡な空気に流されている部分がないでしょうか。
本来あるべき世の姿とは、
「指導者が百年単位で脚本(グランドデザイン)を練り上げ、公的機関が淡々とインフラを維持し、企業はその中で創意工夫を施して発展し、そして私たち一市民は、目先の一日を誠実に生きながらリテラシーを磨いていく」
そのような関係性ではないかと思います。
「指導者が百年単位で脚本(グランドデザイン)を練り上げ、公的機関が淡々とインフラを維持し、企業はその中で創意工夫を施して発展し、そして私たち一市民は、目先の一日を誠実に生きながらリテラシーを磨いていく」
そのような関係性ではないかと思います。
短絡的なポピュリズムに惑わされず、未来に向けて骨太な議論ができる国であってほしい。一小市民として今持続可能な日本の「社会OS」の再起動に思いを馳せています。
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