2013/03/24

山手駅新駅舎開業

2013年3月24日、バリアフリー対応を目的として工事が進められていた根岸線山手駅の新駅舎が開業しました。
私にとって最寄駅であるこの山手駅、駅前には小学校が鎮座し、大規模な商業施設やオフィスなどは存在しないという閑静な駅であります。1964年に根岸線が桜木町から磯子まで延伸する際に開業した駅ですが、住所がかかる大和町駅にするか立野駅にするかでさんざんもめた末に山手駅となったそうです。(※当初の予定では大和町駅となっています。)洋館などがある山手町には、石川町駅のほうが近いのです。
昨日で使命を終えた旧駅舎は、ホームの北側の端にありました。改札は一か所ですので、反対側から歩いてくる人たちは、電車を必ず1本見送るような感じでした。市議会議員選挙がある際に、反対側に改札を作ることを公約する候補もいたほどです。
といいながらも旧駅舎はさほどの段差もなく、国鉄時代には広告のない駅として、有名になるほどのどかな駅でした。80年代には、駅近くに牛までいたのです。
山手駅近くには、商店街の発言権が強いのか、なかなかチェーン店ができません。駅前のセブンイレブンは事実上の独占状態に近く、全国でも有数の繁盛店らしいです。
そんななかでドトールとファミリーマートが21世紀に入ってから出店し、重宝していたのですが、駅改良工事の着手によって閉店してしまいました。
さらに年代を遡って懐かしいのは、「抜天」というちゃんぽんと皿うどんのお店です。ちょうど新しい駅舎の入り口のあたりに位置していたお店でした。ちゃんぽんも皿うどんも、野菜タップリで絶妙の味でした。いまだに閉店が惜しまれます。
新駅舎開業により、新しい時代に入った山手駅ですが、旧駅舎付近を活用した駅前広場などの残工事が向こう1年を費やして行われるそうです。

2013/03/08

小田急4000形〈4063F〉

4000形は小田急としては三代目の千代田線乗入れ車両として、JR東日本のE233系をベースにして設計された電車です。3000形で取り入れた標準設計をさらに推進して、主要機器や回路を二重系として、故障により強い電車になっています。
車体はE233系と同様軽量ステンレス製で、東急車輌式の造作となっています。同じく千代田線に乗入れるJR東日本のE233系2000番台は、同系の他番台よりも4000形に近い車体になっております。4000形の車内は明るめの赤をベースにした、落ち着いた色合いでまとめています。
主回路はIPM素子を使用したVVVFインバータ制御となっており、新技術として編成滑走制御を取り入れています。またTIOSによって編成全体のブレーキ装置を管理しています。TIOSの伝送系も二重化されております。
写真の4063Fは、2010年12月にJR東日本の新津車両製作所で完成したものです。新津車両製作所では、小田急4000形のほか、同じE233系ベースの相模鉄道11000系も製造していますね。車両標準化の進展を実感できますね。
【撮影:佐野次郎 2013.1.6 生田ー読売ランド前間】

2013/03/03

小田急電鉄3000形〈3269F〉

小田急の電車を撮影していると、この3000形がもっとも多くやってきます。それもそのはずで、長年主力として活躍していた2600形、先代4000形、5000形、9000形を置き換えるために、300両を超す3000形が製造されたからです。
最後の「小田急顔」の電車であった5000型や5200形の引退はかなり注目を集めましたが、90年代はそれらの電車が大勢を占めていたわけです。2035年頃には3000形の引退時期となり、注目を集めることになるのでしょうか?
さて3000形は2002年度の2次車から、民鉄標準車両の仕様を導入し、汎用装置を取り入れています。1次車に見られた戸袋窓も廃止されています。標準車両導入の背景には、経済成長による輸送人員の減少から、一層のコスト削減が急務となっていたことがあります。
写真の3269Fは2005年3月に川崎重工で完成したもので、3000形の5次車に相当します。5次車からすべての出入口上部に液晶モニタを設置しています。
【撮影:佐野次郎 2013.1.6 生田ー読売ランド前間】

2013/02/23

小田急電鉄2000形〈2053F〉

小田急電鉄では、1000形に代わって1995年から2001年にかけて2000形電車を導入しました。2000形は、一見1000形に良く似ていますが、全電気指令式ブレーキやモノリンク式台車などの新しい技術を盛り込んでいます。
2000形の基本設計は10両編成で、地下鉄千代田線への乗り入れを考慮していましたが、現在まで実現しておらず、また将来千代田線に入ることもないでしょう。実際に登場したのは近郊各停用の8両編成だけになっております。
主回路は1000形に続いてVVVFインバータを採用していますが、IGBT素子を使用したものに進化しています。またモニタ装置は、空調装置、案内表示装置、自動放送などの指令機能や検修機能を持ち、1000形に比較して大幅に機能が向上しております。
写真の2053Fは1998年6月に東急車輌で完成したもので、2000形の2次車に相当するものです。1999年5月から7月にブレーキ読替装置の実車試験を行いました。試験終了後クハ2053に装備した電気連結器を撤去しましたが、ブレーキ読替装置は次の3000形で本採用となりました。
【撮影:佐野次郎 2013.1.6 生田ー読売ランド前間】

2013/02/17

小田急電鉄1000形〈1056F〉

小田急電鉄が8000形に代えて導入したのが、1987年に登場した1000形電車です。各駅停車の8両編成化と9000形の代替として営団地下鉄千代田線乗入れにも充当されました。
小田急電鉄としては初めて、VVVFインバータ制御、ステンレス車体を採用した電車です。ステンレス車体とはいえ、戸袋窓もあり、近年の電車とはやや趣が異なりますね。
1000形電車は4連・6連・8連・10連の各タイプを交えて1993年までに160両が製作されました。2009年には箱根登山鉄道のラインカラーを施した編成が登場したり、千代田線乗入れ運用から撤退したりと変化も見られます。
写真の1056Fは、1988年2月に川崎重工で完成したもので、4連の1次車に相当します。集電装置は当初の菱型から、シングルアーム式に換装されています。
【撮影:佐野次郎 2013.1.6 生田ー読売ランド前間】

2013/02/10

小田急電鉄8000形〈8263F〉

小田急電鉄の通勤電車といえば、アイボリーに青帯の電車だという印象が強かったのですが、1987年からステンレス車体の1000形電車が登場し、近年の3000形・4000形の急速な増備によって2012年3月には5000形も引退し、8000形が残るだけになっています。
8000形は省エネルギーと保守の負担軽減・長寿命を目指して1982年から87年までに、160両〈6両編成・4両編成各16本〉が製造されました。現在は、更なる省エネルギーと検修の効率化を目的として、車体修理と制御装置の更新を進めています。
8000形と同世代の電車といえば、旧国鉄では新幹線200系や201系通勤型電車、地味なところではキハ37系気動車なども思い起こされます。201系はJR東日本では既に引退し、200系も来る3月のダイヤ改正でいよいよ定期運用から退きます。
写真の8263Fは、1985年12月に川崎重工で完成したもので、6連の5次車に相当します。2008年8月に車体修理を完了しております。LED式案内表示の書体がゴシック体になっています。
【撮影:佐野次郎 2013.1.6 生田ー読売ランド前間】

2013/02/09

小田急電鉄60000形〈60254F〉

2012年3月のダイヤ改正で、小田急電鉄・JR東海が相互乗り入れで運行している特急「あさぎり」の運転区間が新宿ー御殿場間に短縮され、使用車両も小田急20000形・JR東海371系から小田急60000形MSEに変更となりました。
御殿場ー沼津間が廃止となった格好になりますが、近年20000形の更新工事も行われず去就が注目されてはおりました。しかし20000形・371系の営業運転開始は1991年3月のダイヤ改正ですから、20年少々での引退というのは早すぎるような気もしますね。
60000形に置き換えられた「あさぎり」ですが、新宿ー相模大野間で「えのしま」と併結運転する列車が新たに登場しております。30000形による「さがみ」「えのしま」の併結運転に加えて新しい組み合わせができました。4連で走る「えのしま」の姿にはどこかユーモラスな印象もあります。
写真の60254Fは、2012年2月に日本車両で完成したものです。今回の増備で60000形は32両〈6両編成4本・4両編成2本〉の陣容となりました。
【撮影:佐野次郎 2013.1.6 生田ー読売ランド前間】