2015/12/27

485系1000番台「つばさ」

このところ撮影にはほとんど出かけておりませんが、鉄道ピクトリアル誌だけは、毎号欠かさず購入しております。21日発売の2016年2月号の特集は、「国鉄形特急電車の今」であります。JR移行直前の特急電車の転配属の記事は、非常に懐かしく感じるものでした。
確かに、いまや国鉄形特急電車による定期運行はほとんどありません。もうすぐ廃止になる青森ー函館間の「白鳥」や、伊豆に向かう「踊り子」など185系による列車などわずかしか残っておりません。
東北・上越新幹線開業前の、東北本線上野口では、特急・急行電車の賑わいは凄いものでした。優等列車の本数が、普通の本数と拮抗していたのではないでしょうか?当時は急行の存在感が高く、特急よりも一般的でした。
写真の485系1000番台「つばさ」は、上野ー秋田間の運転で、1982年の東北・上越新幹線の大宮開業後も上野行きが1往復残されていました。1985年3月の新幹線上野開業で上野行きはなくなりました。現在では、山形・秋田新幹線が発展的にその役割を継承していますね。
【撮影:佐野次郎 1984年頃 尾久駅】

2015/12/26

クハ115 320

もうすぐ2016年を迎えようとする現在、さすがに国鉄時代に製造され、JRで継続使用されている車輌もかなり少なくなってきました。国鉄が分割・民営化されてJRが発足した頃は、103系・113系・115系はそれぞれ1000両以上が在籍していたはずです。
今では、国鉄形車両が走るだけでも、けっこうな注目を集めたりしているようです。注目の対象も、SLブームから始まって、路面電車、在来線特急、ブルートレインときて、現在は国鉄形に注目といったところでしょうか。
確かに銀色の電車ばかりになってしまった昨今の通勤電車に比較すると、国鉄形電車は温かみがあって味わい深いですね。
写真のクハ115 320は、1974年3月に川崎重工で完成し、小山電車区に新製配置されました。1986年3月に下関運転所に転属しています。広島地区には227系電車の投入が本格化していますので、近いうちに現役を退くことになるでしょう。
【撮影:佐野次郎 2013.9.11 広島駅】

2015/12/06

オハネフ25 13

私佐野次郎は、昭和44年生まれでして、鉄道の花形といえば、ブルートレインと在来線の特急列車という印象が強いのであります。SLブームや路面電車の全盛期を知るのには、少し遅すぎた世代でもあります。
ブルートレインの中でも、王道はやはり東京と九州を結ぶ、「あさかぜ」「さくら」「はやぶさ」「富士」といった名列車で、私も強い憧れを感じました。国鉄最後のダイヤ改正となった1986年11月改正で「あさかぜ1.4号」がグレードアップされたのには大いに期待したものでした。
時代は流れ、ブルートレインの代名詞になったのは、1988年3月改正で登場した上野ー札幌間の「北斗星」でした。個室寝台車や食堂車は在来車両の更新でありながら、大いに注目を集めました。JR北海道とJR東日本の所属車で仕様の違いがあったり、クルーズトレイン的な要素があったのが良かったのでしょうね。
写真のオハネフ25 13は、1974年3月に富士車輌で完成し、向日町運転所に新製配置されました。「北斗星」への転用に先立ち、耐寒・耐雪設備を強化し、乗降扉を折戸から引戸に変更しております。いつかは乗ろうと思っていた「北斗星」ですが、周知の通り3月改正で廃止になってしまいました。
【撮影:佐野次郎 2013.4.18 大宮駅】

2015/11/21

煮込みハンバーグ

ハンバーグといえば、子供の頃から大好きなメニュー。外食でたまにステーキハウスに入っても、メニューにあればついつい選んでしまう、そんなメニューだと思います。
とはいうものの、月に何度も食べるのはせいぜい20代から30代までで、40代の半ばの今となっては、月イチで食べるか食べないかというのが現状です。
私は決して、ハンバーグ通ではありませんが、つばめグリルのハンブルグステーキなどは、抜群に旨いと思いますね。肉の旨みが伝わりますし、付け合わせのジャガイモがまた最高です。
自宅でも、煮込みハンバーグを久々に作ってみました。料理酒をかけて、ハンバーグをじっくりと弱火で焼いておくのがポイントでしょうか?付け合わせのジャガイモはメークインを選択。市販のハンバーグソースを使ってじっくりと弱火で煮込みます。

My鉄道博物館 展示車両増備


拙宅のカップボードの一角に、学生の頃からコツコツと集めたNゲージを飾っているのですが、この度第二次展示車両としてKATOのEF57、EF65PとトミックスのEF62形電気機関車を追加しました。
とはいうものの、新規に購入しているわけでばなく、一人暮らしを始めた時に、実家に置いてきた模型を拙宅に持って帰ってきたものです。
家内に相談しながら、これからも少しずつ、実家から持ってきたNゲージを展示しようと思っています。新しい模型にも興味はありますが、費用対効果を考えますと、実家に残してある分も含めて既存の車両の活用が優先になると思います。
不思議なもので、ダイニングにある模型を眺めるだけでも癒しの効果はありますね。無理なく柔軟な考え方で、今後も鉄道趣味を楽しもうと思っております。

2015/11/15

梅小路蒸気機関車館 オハ46 13

オハ46形客車は、列車の高速化と運転費・保守費などコストダウンを意図して軽量化を図ったもので、1955年に60両が製造されました。スハ43形客車と同じ形態ですが、約2t軽量化されています。
60両のオリジナルの他、スハ43形のうち、1954年度1次発注以降の160両が、オ級(自重32.09t以下)に収まっている事がわかり、1956年2月~3月にかけてオハ46形に編入されました。
1980年代初めまで、急行列車や普通列車などで使用されました。冷房もなく。ドアも自動ではありませんので、現在の感覚では少し想像しにくいかもしれませんね。
写真の13号は、1955年に汽車製造東京支店で製造されました。昨年には美しい姿に整備され、現在建設中の京都鉄道博物館に収蔵されます。
【撮影:佐野次郎 2015.5.19】

2015/11/07

梅小路蒸気機関車館 C56 160

C56形蒸気機関車は、国鉄の前身である鉄道省が閑散路線用として、1935年から39年にかけて160両を導入したものです。
軽量・小型でありながら長距離の運用が可能なことから軍部に注目され、太平洋戦争中に90両が供出され、タイ・ビルマに送られました。うち46両は戦後もタイ国鉄で使用されました。
戦後、国鉄には68両が残り、北陸・甲信越・中国・九州地方で運用されました。その他、北海道・横浜地区でも少数が入換用に使用されました。小海線での活躍が名高いですね。
写真の160号機は、1939年4月に川崎車輌兵庫工場で完成したものです。1972年から梅小路蒸気機関車館で保存されており、1980年から本線運転に従事しています。2017年を目途に本線運転の役割をD51 200と交代することになっています。
【撮影:佐野次郎 2015.5.19】