2013/10/14

広島電鉄3000形〈3007ACB〉

広島電鉄3000形の改造種車である、西鉄福岡市内線の1100形・1200形・1300形は1976年に広島電鉄に譲渡されました。
そのうち1300形2編成は小改造のうえ、2車体連節車の1300形として1976年に営業運転に投入され、宮島線への直通系統に使用されました。1981年には中間に1両を組み込んで3000形に再改造されています。
ちなみに1200形・1300形のうち広島電鉄に譲渡された以外の編成は、筑豊電気鉄道に譲渡されています。
写真の3007ACBは、1964年8月に汽車製造で完成した1305ABと1963年9月に日立製作所で完成した1207Bを1981年7月に3車体連節車の3000形に改造したものです。
【撮影:佐野次郎 2013.9.11 元宇品口ー広島港間】

2013/10/12

広島電鉄3000形〈3005ACB〉

現在7編成が在籍している広島電鉄3000形のうち、3005ACBだけは全車が旧西鉄市内線1100形を種車としており、少し角ばった車体とより天地に大きい窓で他の編成とは少し印象が異なります。
1100形時代には、カルダン駆動を採用し路面電車としては進んだ仕様でしたが、広島電鉄への移籍に際して、旧1200形・1300形と性能を揃えるために吊り掛け駆動に改造されています。
3000形の車内はすべてロングシートで、貫通路も全幅式で車内には一体感があります。冷房やICカードの読み取り機もありますが、やはり昭和の電車という雰囲気が強いです。
写真の3005ACBは、1954年7月汽車製造製の旧西鉄福岡市内線1101A-1101B-1102Aを1981年1月に3車体連節車の3000形に改造したものです。
【撮影:佐野次郎 2013.9.11 元宇品口ー広島港間】

広島電鉄3000形〈3004ACB〉

広島電鉄3000形は、もと西鉄福岡市内線の1100形・1200形・1300形を3車体連節車に改造したもので、3両編成7本21両が在籍しています。
宮島線直通用の主力車両として活躍しましたが、1998年から市内線へ転用されています。宮島線への新型車両の導入と、3000形には電気ブレーキがないことで空気ブレーキの保守に手間がかかることと高速運転向きではなかったことが背景にあるそうです。
ともあれ定員180名と広島電鉄では最大の輸送力を持ち、1系統をはじめとする市内線では大いに活躍しております。ラッシュ時だけではなく終日運用に就いておりますね。
写真の3004ACBは1962年日立製作所製の旧西鉄市内線1201A-1202B-1202Aを1980年12月に改造したものです。現在は広電ボウルの広告電車になっております。
【撮影:佐野次郎 2013.9.12 的場町ー猿候橋町間】

2013/09/23

広島電鉄1900形〈1905〉

広島電鉄といえば、動く電車博物館としても名高く、京都・大阪・神戸・北九州・福岡の各都市から多くの車両を受け入れて、車両の大型化と輸送力増強を図ってきました。
ただしよる年波には勝てず、5000形・5100形といった低床式の連節車の導入を契機に、老朽化した移籍車両の整理も進められていきました。
そんな中で、京都市電からきた1900形だけは、現時点で移籍した全車両が活躍しています。出口が広くて扱いやすく、乗務員から評判が良いからだそうです。
写真の1905号は、1957年にナニワ工機で京都市電920号として完成したものです。1970年にワンマン化されて1920号になりました。「比叡」の愛称をつけられて活躍しています。
【撮影:佐野次郎 2013.9.11 土橋ー小網町間】

2013/09/22

広島電鉄1900形〈1903〉

広島電鉄1900形は、京都市電1900形を譲り受けたものですが、京都市電の保存車にも動きがありました。
2014年1月に梅小路公園に「市電ひろば」を設けて、1978年の全廃以来保管していた7両の市電車両を常設展示するというものです。簡単な屋根を設けただけの屋外展示というのも気になりますが、カフェなどとして活用することのことです。
せっかくJR西日本が梅小路蒸気機関車館とあわせて整備する鉄道博物館の近くに整備するのですから、市電保存館みたいな屋内に大切に保存する形態にしてほしかったところですね。
写真の1903号は、1957年9月にナニワ工機で京都市電918号として完成したものです。1970年に1900形に改造されて1918号になりました。方向幕の大型化や冷房改造などを行っていますが、京都時代に近い姿で走っていますね。
【撮影:佐野次郎 2013.9.11 小網町ー天満町間】

広島電鉄1900形〈1901〉

広島電鉄1900形は、1978年に全廃された京都市電1900形を1977年に2両、1978年に13両譲り受けたものです。京都時代に事故で失われた1両を除く、残存14両全車が広島電鉄にやってきました。
京都市電1900形は、900形のうち1957年製の16両を、1970年にワンマン化し、改番した形式です。その際に、後部の扉を中央部に移設し、前中2扉の現在の様式となりました。特徴のある前照灯周りも、その際に改造されたものです。
広島電鉄でも京都時代の塗装のままで活躍しており、京都市の市章もそのままです。今回実際に乗車しましたが、小さい時に乗車した京都市電の雰囲気をそのまま残していたように思います。揺れ方や走行音、木張りの床などを見て特にそう思いましたね。
写真の1901号は、1957年9月にナニワ工機で京都市電916号として完成したもので、1970年に改造されて1916号となりました。広電移籍後の1980年には、広電ではトップを切って富士電機の直流駆動方式で冷房改造されました。再改造された現在の姿とは異なり、屋根上のクーラーユニットはありませんでした。
【撮影:佐野次郎 2013.9.11 広電本社前】

2013/09/21

広島電鉄900形〈912〉

広島電鉄900形は、大阪市電2600形のうち既にワンマンカーに改造されていた14両を1969年に譲り受けたものです。大阪市電の全廃も1969年ですから、既に広島電鉄で44年間活躍していることになり、大阪市電での使用年数よりはるかに長くなっています。
大阪市電2600形は、1957年に木造車1000形の電装品と台車を利用して、当時の最新型だった3000形の車体を組み合わせて114両が製作されたものです。全鋼製の車体は密閉度が高く、冬場は寒さをしのげることから歓迎されましたが、夏場は逆に熱くなって大変だったそうです。
広島電鉄に14両が移籍したほか、鹿児島市電には800形として大挙32両が移籍しました。私が1992年に卒業旅行で九州をまわり、鹿児島を経由したときにはまだ健在で半数が冷房改造や台車の交換を行い活躍していました。今では9500形に改造されて姿を消してしまいましたが。
写真の912号は、1957年7月に大阪車輌工業で大阪市電2636として完成したものです。冷房改造やICカード読み取り機も装備していますが、台車はブリル式を現在でも使用しておりますね。
【撮影:佐野次郎 2013.9.12 的場町ー猿候橋町間】