2020/12/13

横浜市営地下鉄

横浜市営地下鉄には、あざみ野ー湘南台間を結ぶブルーラインと、日吉ー中山間を結ぶグリーンラインがあります。市域の拡大に対応した郊外への延長が主体となっていて、市電が走っていたところでも地下鉄がカバーしていないエリアがあります。
中でも市電が何系統も走っていた本牧などはその最たるところでしょう。3号線(現在のブルーライン あざみ野ー関内間)は、関内駅で1号線(現在のブルーライン 関内ー湘南台間)と分岐して、山下町を経由して本牧に至る計画になっていました。
そのため関内駅のホームも、山下町への分岐を見越した構造で建設されました。しかしながら、建設予定の道路の混雑が激しかったことや、地元の反対意見などもあって3号線の関内より先が建設されることはありませんでした。
みなとみらい線が2004年に元町・中華街駅まで開業しましたが、根岸線も含めて本牧から利用するには、バスの助けが必要になります。本牧・根岸を経由する鉄道の構想は現在もありますが、残念ながら具体化するまでには至っておりません。

2020/12/11

165系急行形電車

10月頃にはそろそろ撮影に出かけても良いかと考えておりましたが、このところの新型コロナの感染拡大を考えると、結局は撮影に出ることは控えて、「読み鉄」中心の鉄道趣味を継続しています。
毎月の「鉄道ピクトリアル」誌を中心に、特集に関連するバックナンバーやその他の鉄道書を読んでいます。現在の最新号である2021年1月号の特集は、「電車急行」です。ちなみにJRでは、2016年3月のダイヤ改正で「はまなす」が北海道新幹線開業のために廃止され、急行の定期列車はなくなりました。
私は子供の頃の家族旅行で、上野ー西那須野間で「なすの」に乗車したり、写真のように1985年3月の東北・上越新幹線上野開業で上野口から姿を消す前の急行形電車や東海道線の「東海」「ごてんば」を撮影することができました。
今回「電車急行」を読んで感嘆したのは、東海道新幹線開業前に東海道線の153系電車による急行にあった「寿司コーナー」です。ハード・ソフトとも凝ったもので、需要旺盛な東海道線ならでは成立したものだそうです。しかも長大編成の中に2両も半室の「寿司コーナー」付きビュフェ車が連結されていたのには驚きました。
【撮影:佐野次郎 1984.4.30 尾久駅】

2020/12/07

寝台特急「富士」

鉄道趣味で王道的存在といえば、まずはSL、そのあとは在来線特急とブルートレインだという感覚があります。80年代から鉄道雑誌では何度もブルートレインの特集が組まれていました。現在人気のある新幹線は0系と200系だけでそれほど人気はなかったように思います。
東京駅発着のブルートレインも国鉄の分割・民営化を乗り越えましたが、結局は電車化された「出雲」「瀬戸」以外は全廃となりました。一部個室寝台車の改造などが行われましたが、新車の導入など本格的なてこ入れがなされなかったのが残念です。
国鉄改革の方向が定まりつつあった1985年3月のダイヤ改正では、「出雲」「瀬戸」、急行「銀河」を除いて牽引機関車がEF65形1000番台からEF66形に交代しました。「はやぶさ」にロビーカーを増結したための措置でしたが、精悍なEF66形は好印象でした。
写真の「富士」は、撮影当時は東京ー宮崎間の運転でした。分割・民営化後の1989年3月にはB寝台個室「ソロ」も増結され、個室A寝台・B寝台・食堂車・ロビーカーを擁する編成となりましたが、大分までの短縮や編成変更、「はやぶさ」との併結を経て。2009年3月に廃止となりました。
【撮影:佐野次郎 1985年頃 横浜ー川崎間】

2020/12/06

ツナとトマトのパスタ

土日は仕事が休みになりますので、ランチは私が調理しています。たいていは過去に作ったものの繰り返しですが、久しぶりに新しいメニューを作りました。今回はツナとトマトのパスタです。
ネットでレシピを何種類か見ましたが、まずはツナとたまねぎ、しめじ、エリンギをオリーブオイルで炒めました。ツナ缶の汁は捨てずにそのまま炒めております。次にトマトソース缶からソースを投入しますが、野菜ジュースも缶の掃除を兼ねて加えています。
パスタを食塩を加えて、やや硬めに茹でています。ソースと絡めて完成ですが、ソースには粉チーズ大さじ2杯を加えて、しっかりとコクを出しました。パスタはレシピでは一人当たり100gが標準ですが、それでは多いので80gに減らしています。
汁物としてはコンソメでコトコト煮込んだポトフを用意しています。じゃがいもとソーセージを使っていますので、ボリュームもあります。私にはビールが必要ですが、長年ロング缶を標準としていたところ、最近は普通サイズがほとんどになりました。これも年齢的なものでしょう。

2020/12/05

相模鉄道9000系(9701F)

10月の後半には、そろそろ撮影を再開してもいいのではないかと思っていましたが、新型コロナが心配ですので、今のところ撮影に出かけるのは差し控えております。寒くなってきたら心配だなとは思っていましたが、11月で潮目が変わった感じです。
そうして撮影に出かけていないでいる間にも、新しく走り始める車両もあれば、現役を去る車両があります。相模鉄道9000系の第一編成である9701Fも現役を去り、既に解体のために車庫から搬出されたそうです。
9000系も9701Fを除いて、塗装をYNBと呼ばれる濃紺の新しいコーポレートカラーに改めると同時に大規模なリニューアルが行われました。9701FもYNB化されると思っていましたが、既に車齢28年、投資対効果の観点で廃車されることになったのでしょう。
写真の9701Fは1993年1月に東急車輌で完成したものです。2007年4月に新たに設定されたコーポレートカラーに塗装が変更されました。営業運転の最終は11月30日でした。9701Fの引退により、相鉄では行先表示に方向幕を使用している編成がなくなりました。

2020/11/29

205系(ケヨM33編成)

武蔵野線の205系が、2020年10月に営業運転を終了しました。武蔵野線の205系は、1991年頃に少数が新規に製造されましたが、大半は山手線から転用した車両の電気部品を新しくしたものでした。後継は主に中央・総武緩行線から転属した209系500番代・E231系です。
私も京葉線に乗り入れている武蔵野線電車を通勤で利用していたことがあります。京葉線内は快速運転で、便利に利用しておりました。現在は京葉線内は各駅に停車するのですが、京葉線も快速中心だった頃に比べると速達性は後退しているといわざるを得ません。
というのも沿線の開発が進み、利用客が増えているのですからやむを得ないことです。京葉線・武蔵野線とも開通当時の想定よりも大幅に利用客が伸びていますから、列車の運転本数や駅の通路幅なども充分ではないのではないでしょうか。
写真のケヨM33編成は、1988年4月に東急車輌で山手線のヤテ56編成として完成したものです。8両が2005年7月に東京総合車両センターで武蔵野線向けの転用改造を終えました。2020年1月に廃車され、インドネシアに譲渡されました。

2020/11/23

相模鉄道7000系(7715F)

相模鉄道の新7000系が、11月の7.8日に行われた引退記念のイベントに充当された7754Fを最後に現役を退きました。まだまだ新しい電車だと思っていた新7000系ですが、姿を消すことになりました。
JR東日本では205系、東急では9000系が同世代の電車ということになります。また6000系・7000系と実用本位の車両が主力だった相模鉄道の中で、初めて現れたデザインをより重視した電車だといえるのではないでしょうか。
近年は塗装を変更して営業運転に就いておりまして、それは好感の持てる塗装ではありましたが、やはり新製当初の赤基調の帯を巻いた姿のほうが、新7000系の魅力をストレートに反映した姿だったと思います。
写真の7715Fは1987年3月に日立製作所で完成したもので、7000系の13次車に相当します。2011年8月に10連から8連に短縮され、新塗装化されました。2020年1月に廃車となりました。