2011/02/27

桜木町駅今昔

 根岸線の起点である桜木町駅は、今でこそみなとみらい地区への玄関口として賑わっていますが、今から30年前の姿はまったく異なるものでした。
 みなとみらい地区は三菱重工の工場で、大きなクレーンが林立していました。また桜木町駅のホームは吹きさらしで電車を待っていると海からの冷たい風がまともに吹き付けるような感じでした。
 そして上の写真を撮影した位置は東横浜駅という国鉄の貨物駅でした。茶色い貨車がたくさん構内にいました。便利な宅急便などなく、小包全盛の時代ですね。
 そして横浜港や山下公園に向かう貨物線が伸びていました。山下公園を高架で走る貨物線を覚えている人もいらっしゃるのではないでしょうか?
 この路線は1989年の横浜博の観客輸送に活用され、レトロ調のディーゼルカーが走りました。その後は三陸鉄道に譲渡されて活躍しました。
 いまでは貨物線跡は「汽車道」として整備され、遊歩道になっています。桜木町駅からワールドポーターズに行く際には必ず通ることになります。
 「汽車道」を歩いていると、こんな風景に出くわします。パシフィコ横浜も現代横浜を代表する建築物のひとつですね。ついこの間のAPECではこのあたりも警戒モードでピリピリしていました。
 汽車道は赤レンガ倉庫のあたりまで続いています。昭和50年代頃まで赤レンガ倉庫のあたりは貨物の線路がびっしりとありました。
 当時は現役の物流施設であって、いまみたいに自由に出入りすることはできませんでした。DD13形ディーゼル機関車がメインで活躍しておりました。現在ではみなとみらい線の新高島駅になっているあたりには、かつて横浜機関区があって扇形機関庫がありました。
 舘ひろしと柴田恭兵が主演した刑事ドラマ「あぶない刑事」でも、この辺はずいぶんとロケに使われたようです。
【撮影:佐野次郎 2011.2.26】

京浜急行電鉄1000形(1137編成)

 京浜急行といえば「赤い電車」というイメージが定着しており、最新型の新1000形電車でもアルミ製の車体に塗装を施しておりましたが、2007年に製造された6次車からステンレス製に変更されました。
 いよいよ京浜急行にも銀色の電車が走るようになったわけですが、それでも赤いフィルムの幅がずいぶんと広いですね。「京急らしさ」を感じ取ることができます。
 ところで京浜急行は「速い」というイメージがありますが、路線そのものはカーブが多いですね。高性能の車両と巧みな運転技術で「速さ」を創造しているといえるでしょう。ずいぶんとがんばっている電車だと思いますね。
 写真の1137編成は2010年6月に東急車輌で完成したもので、新1000形としては10次車に相当します。ドア上に17インチのディスプレイ2基を装備しております。2019年9月に踏切事故に遭い、損傷が激しいため2020年3月に廃車となりました。

2011/02/26

京浜急行新1000形〈1049編成〉

 京浜急行の快特の半数は都営地下鉄浅草線に直通し、京成電鉄まで乗り入れています。1998年夏のダイヤ改正までは特急として運転されていましたが、快特に格上げされました。
 都営地下鉄浅草線は、東京の地下鉄としては比較的空いている路線ですが、特急の快特化により、東銀座や新橋などから川崎・横浜に行くのに非常に便利になっていますね。
 私も会社帰りに京浜東北線のダイヤが大きく乱れているときなどに、浜松町で降りて大門で浅草線に乗るとちょうど下り快特が来て、スムースに横浜まで戻れたことがあります。
 写真の1049編成は2005年3月に川崎重工で完成したもので、新1000形の3次車に相当します。新1000形では機器の大幅な仕様変更を行い、IGBT-VVVFインバータ制御に移行しています。そのため2100形以来の音階のような起動音は新製時から聞こえなくなっております。
【撮影:佐野次郎 2011.2.20 京急富岡ー杉田間】

2011/02/20

東京急行電鉄7000系(7105F)

 東急池上線・多摩川線でもっとも新しい電車が、2007年度から製造されている7000系電車です。システム的には田園都市線・東横線などで使用されている5000系電車をベースとしていますが、池上線・多摩川線専用車両となっております。
 車体は軽量ステンレス製で、グリーンをアクセントにしています。これは沿線に緑が多いからだそうです。また車端部にはクロスシートが設けられています。私は車内の木目調の化粧板が阪急電車みたいでいいと思います。
 主回路はIGBT-VVVFインバータ制御で駅間の短い池上線・多摩川線での使用を考慮して加減速性能を高めております。例えば五反田と大崎広小路なんて駅間距離はほんとうに短いですよね。
 写真の7105Fは2010年1月に東急車輌で完成したものです。現在7000系は18両〈3両編成6本〉が在籍していますが、製造のペースはゆっくりしたものとなっていますね。
【撮影:佐野次郎 2011.2.13 御嶽山ー久ヶ原間】

東京急行電鉄1000系(1017F)

 東急池上線・多摩川線用の1000系電車は雪が谷検車区に27両〈3両編成〉が在籍しております。1000系は上田電鉄や伊賀鉄道など地方鉄道に売却が進んでいますので、数を減らしていますね。
 ちなみに池上線は3両編成でワンマン運転ですが、朝のラッシュ時には3分間隔、日中にも6分間隔と非常に運転間隔が短く利用しやすい路線ですね。
 また沿線もけっこうな高級住宅地ですね。例えば久ヶ原なんて閑静で素晴らしい住宅地だと思います。
 写真の1017Fは1991年10月に東急車輌で完成したものです。4両編成で完成しましたが、1992年には3両編成に組み替えられて池上線に転籍しました。その後ワンマン化改造を受け、多摩川線でも使用されています。

東京急行電鉄1000系(1013F)

 東急1000系電車の正面貫通路は右側に設けられているのが基本ですが、池上・多摩川線用の1013Fだけは貫通路が中央に設けられております。
 もとは東横線からの日比谷線直通用の8両編成と目蒲線用の4両編成の予備車を共通化する目的で、1990年に1010F~1013Fが製造されたうちの8両編成時に中間に入る4両だけが貫通路を正面に設けたものです。
 東横線に残っている1010F+1011Fについては、客室スペースを拡大するため2003年9月に8両固定編成の1010Fとなり、正面貫通路のデハ1310とクハ1011は中間車のデハ1362とサハ1051に差し替えられました。
 写真の1013Fは2000年に東横線から目蒲線に転籍となり、デハ1312とデハ1313を入れ替えて両先頭車とも正面貫通路に統一しております。さらに池上線への転籍に際してワンマン化改造を行うと同時に3両編成に短縮されています。

東京急行電鉄7600系(7602F)

 東急7600系は、1967年から72年にかけて53両が製造された7200系のうち9両を、1986年から90年にかけて東急車輌でVVVFインバータ制御に改造したものです。
 2010年に7603Fが7000系に置き換えられて廃車となりましたので、6両のみという東急の電車では少数派となっております。
 1990年に7200系とともに池上線に集中配置されましたが、2000年8月に目蒲線の蒲田方が多摩川線として分離されてからは、両線で共用されています。
 写真の7602Fは1986年に改造されましたが、当初は7200系と混結されていました。1990年に現在の組成となりました。1994年9月に室内更新とワンマン化改造工事を施行し、「歌舞伎顔」となりました。1998年3月から池上線はワンマン運転を行っています。

2011/02/15

東京急行電鉄7700系(7912F)

 池上線・多摩川線で共用されている7700系33両〈3両編成11本〉のうち、7912F~7914Fの3編成は貫通扉周辺を黒く塗装した「歌舞伎顔」というスタイルとなっております。
 「歌舞伎顔」は室内を更新していることを示すものであります。また「歌舞伎顔」の7700系3編成は側面にもLEDによる行先表示器を装備しております。
 「歌舞伎顔」は7700系3編成の他にも池上・多摩川線の7600系でも見られますが、かつては東横線の8000系でも多く見ることができました。頻繁に見ることができましたが、5050系の急速な増備により既に過去帳入りしました。
 写真の7912Fは1990年1月に7000系から改造されたものです。池上線ワンマン化に際して4両編成から3両編成に組み替えられています。

2011/02/14

東京急行電鉄7700系(7901F)

 五反田ー蒲田間を結ぶ東急池上線では、多摩川ー蒲田間の多摩川線とともに今となってはクラシカルな外観を持つ7700系が元気で活躍しております。
 7700系はご存じの通り、1962年から66年にかけて主に東横線の日比谷線直通用に製造された7000系電車を1987年から90年にかけてVVVFインバータ制御に改造してできた電車です。
 走行機器に関しては1000系と同レベルまで改善されており、車体は冷房化された上、室内もきれいに整備されましたが、外観は7000系そのままですね。私のようなおじさんは8連で東横線を走る姿を思い出してしまいます。
 写真の7901Fは1966年10月に東急車輌で製造されたデハ7064、1964年3月に製造されたデハ7113・7114、1966年3月に製造されたデハ7045を1987年7月に7700系に改造したものです。3連化により余剰となった旧デハ7113のサハ7951は2001年11月に廃車となっています。

2011/02/13

有楽町・副都心線7000系〈7118F〉

 営団地下鉄→東京メトロ有楽町線の7000系電車は340両〈10両編成34本〉が製造されましたが、和光市ー小竹向原間で線路を共用する副都心線にも使用されることになり、副都心線対応工事を施行された上で180両〈10両編成6本・8両編成15本〉に整理されました。
 車体のラインカラーもかつては有楽町線のラインカラーであるイエロー一色でしたが、副都心線のラインカラーであるブラウンが追加されております。ちなみに先頭車の貫通路上部に設けられた列車種別表示窓ですが、結局使用されませんでしたね。
 制御装置は改修によるVVVFインバータ制御に統一されております。また副都心線乗り入れ工事により運転台機器の仕様は最新型の10000系電車に極力揃えられています。8両編成については、副都心線専用となり、有楽町線には入らなくなりました。
 写真の7118Fは1974年10月に東急車輌で完成したもので、7000系の2次車に相当します。当初は5両編成でしたが、1983年4月に東急車輌で中間車5両が完成し10両編成となっています。
【撮影:佐野次郎 2011.2.5 保谷ー大泉学園間】

東京地下鉄6000系(6109F)

 千代田線からの小田急直通電車はかつて準急として本厚木まで乗り入れてきましたが、現在では2002年3月のダイヤ改正で新設された多摩急行にシフトしております。
 多摩急行は30分に1本の運転ですが、表参道・赤坂や大手町を経由し便利な千代田線への直通の効果は高いものがあり、小田急多摩線の利用者は増加傾向にあるそうです。
 多摩線もここ10年のあいだに多摩急行や新宿に直通する区間準急の新設により、ずいぶんと便利になりましたが、純通勤路線ですので休日はのどかな感じがしますね。
 写真の6109Fは1971年2月に川崎重工で完成したものです。40年近く走っている超ベテランですが、既にVVVFインバータ制御に改造されていますのでしばらくは安泰でしょう。

2011/02/12

小田急7000形〈7001F〉

 多彩なラインナップを誇る小田急のロマンスカーの中でも最古参の電車が1980年から83年にかけて44両〈11両編成4本〉が製作された7000形です。
 ちなみに1980年代といえば、インターネットもなければ携帯電話もない時代です。私は「鉄道ファン」誌や「鉄道ジャーナル」誌を読んではいましたが、ギターに凝っておりました。特にハードロックには夢中になりましたね。
 このところ国鉄→JR東日本の201系や、小田急5200形・京王6000系など昭和生まれの電車が次々と姿を消していきますね。一方ロックの世界ではもの凄いスピードで世代交代が進んでいて、今の全米ヒットチャートを見ても誰が誰だか私にはほとんどわかりません。
 写真の7001Fは1980年12月に日本車輌・川崎重工で完成したものです。1996年12月に日本車輌で車体更新を行い、現行の塗装になっています。
【撮影:佐野次郎 2011.2.6 百合ヶ丘駅】

小田急電鉄8000形(8054F)

 5200形〈5268F〉の引退にともなう5000形10両編成のさよなら運転が先月行われましたが、ここまで「小田急顔」の電車が減ると、さすがに見かけることも少なくなってきましたね。
 昨年頃までは新宿方の先頭車には、5000形・5200形の4両編成が入る姿をそれなりに撮影できました。「思っていたよりは来るなあ」という感覚でした。
 「小田急顔.」が激減した中で撮るべき車両といえば、鋼製車体の8000形やロマンスカーのベテラン7000形や10000形といったところでしょうか?千代田線から乗り入れてくる東京メトロ6000系も16000系への置換えが始まりましたから今のうちに記録しておくといいでしょうね。
 写真の8054Fは1984年12月に川崎重工で完成したもので、8000形の4連としては2次車に相当します。2009年2月に車体修理を受けて、VVVFインバータ制御に改造されています。

2011/02/09

池袋線30000系〈38105F〉

 西武鉄道でもっとも新しい電車が2008年から製造されている30000系電車です。「スマイルトレイン」の愛称を持ち、丸みを帯びた外観が特徴ですね。
 車体はアルミ合金のダブルスキン構造を採用しており、東京メトロの10000系や東武鉄道の50000系と同系統の車体ですね。ガラス張りの車内貫通路は東京メトロ10000系によく似たデザインです。また30000系は西武鉄道の通勤電車としては初めて裾絞りの拡幅車体となっています。
 主回路は現在主流のIGBT-VVVFインバータ制御を採用しております。またS-TIMと呼ばれる情報管理システムを導入するとともに、車内には15インチのLCDモニタを設置し、運転状況や広告を提供しています。
 写真の38105Fは2008年10月に日立製作所で完成したものです。受験生を応援するヘッドマークを掲げて運用に就いていました。
【撮影:佐野次郎 2011.2.5 保谷ー大泉学園間】

2011/02/08

池袋線6000系〈6158F〉

 西武鉄道の6000系電車は営団地下鉄〈現:東京メトロ〉有楽町線との直通運転に使用することを目的として、1991年度から製作されました。1995年度までにステンレス車体で170両が製造され、1996年度からアルミ車体に変更され、50両が製造されました。
 1997年度から1998年度にかけて製造された30両については、軽量化をさらに進めて、保守の省力化を図る設計変更を行っております。
 目立つところでは戸袋窓がついになくなっております。これだけで10両編成全体で1.5tの軽量化が図られました。その他台車やブレーキ装置の設計変更により、従来のアルミ車体では325.1tの総重量を310.1tまで軽量化できました。ちなみにステンレス車では339.2tでした。
 写真の6158Fは1998年度に日立製作所で製造されたもので、6000系の最終編成に相当します。2007年度には副都心線乗り入れ対応工事を完了しています。
【撮影:佐野次郎 2011.2.5 保谷ー大泉学園間】

2011/02/06

江ノ電1000形〈1001+1051〉

 江ノ電1000形は1970年代の終盤に登場しました。江ノ電では先代500形以来の新形車両ということになります。
 近代的なスタイルの車体は、江ノ電に新風を吹き込んだものといえるでしょう。鉄道友の会のブルーリボン賞を受賞しています。また熱線吸収ガラスを採用してカーテンを省略しています。JR東日本が90年代に209系電車で取り入れた仕様を先取りしていますね。
 1000形では旧式の吊り掛け駆動を採用しており、なつかしい走行音を堪能することができます。これは主流のカルダン駆動を小型車体に採用する目処が立たなかったからだそうです。江ノ電では1986年に登場した1500形で初めてカルダン駆動になりました。
 写真の1001+1051編成は1979年12月に東急車輌で完成したもので、1000形の1次車に相当します。2006年にはリニューアル工事を行っています。2009年12月から営業運転開始後30周年を記念して、新製当時の塗装を復元して営業運転に就いています。
【撮影:佐野次郎 2011.2.2 鎌倉駅】

江ノ電1100形〈1101+1151〉

 江ノ電1100形は、2009年4月から3代目「S.K.I.P」号として沿線の風景をラッピングした姿で走っています。
 S.K.I.Pとはいったい何のことなのかと思ったら、SHONAN・KAMAKURA・INFORMATION・PROMOTIONの略だそうです。2006年4月から1000形の1001編成、2007年4月からの1500形の1501編成に続く3代目です。
 1100形は好評を博した1000形に続いて製造された電車ですが、1000形とはほとんど仕様の差がありません。当初から冷房装置の搭載ができるよう考慮されていた点などがわずかな相違点です。
 写真の1101+1151編成は、1981年12月に東急車輌で完成しました。この1100形は1編成のみです。翌年には冷房装置を本搭載しました。また2006年にはリニューアル工事が行われております。
【撮影:佐野次郎 2011.2.2 七里ヶ浜ー鎌倉高校前間】

2011/02/05

江ノ電2000形〈2003+2053〉

江ノ島電鉄2000形は1990年に登場した電車で、1979年から87年にかけて6次にわたり導入された1000系列のモデルチェンジ車両といえそうです。
 やや傾斜した前面の大型1枚窓が特徴で、車体のデザインは洗練された新しいものになっています。また天井はできる限り高くし、居住性を改善したそうです。
 観光地でありながら、通勤・通学輸送にも対応するという江ノ電のニーズを充足した電車ということがいえそうですね。通産省から1990年度のグットデザイン賞を受賞しています。
 写真の2003+2053編成は1992年7月に東急車輌で完成したもので、2000形の3次車に相当します。なぜかこの編成にだけ先頭車のスカートがありません。
【撮影:佐野次郎 2011.2.2 七里ヶ浜ー鎌倉高校前間】

江ノ電20形〈21+61〉

2010年11月で江ノ電の藤沢ー鎌倉間が開業100周年を迎えるということで、20形の21+61編成が当時の電車の塗装を模したリバイバルカラーをまとって営業運転に就いています。
 20形はもともとレトロ調の電車であり、ダークブラウンの復元塗装はよく似合いますね。また座席のモケットを紫色、吊り手を茶色に変更したりと車内にも手を加えております。
 20形は先代500形の代替として導入された連接車です。レトロ電車の10形を基本としていますが、二重屋根をやめたりと仕様の簡素化を図っています。台車など走行機器は500形から流用しております。
 写真の21+61編成は東急車輌で2002年3月に完成したもので、20形の1次車に相当します。先代500形の501+551編成から台車などを流用しています。
【撮影:佐野次郎 2011.2.2 七里ヶ浜ー鎌倉高校前間】

2011/02/04

江ノ島電鉄300形(305+355)

私のようなおじさんにとって江ノ電といえば、この300形や先代500形のなじみが深いですが、徐々に新形車両への置換えが進み、今や写真の305+355編成1本を残すのみとなってしまいました。
 300形に乗車して驚くことは、床が板張りだということですね。私が他に知っている床が板張りの電車といえば、小さい頃に利用した横浜線の茶色い73形や京都市電くらいですね。
 また側窓の上部がバス窓と呼ばれる丸みを帯びた形状なのも希少価値がありますね。昭和30年代の路面電車や地方私鉄の車両に見られた意匠です。
 さらに驚くのはこの300形の車体を製造したのが東急碑文谷工場だということ。学芸大学駅の近くに電車の工場があったなんて今では想像するのが難しいですね。

2011/02/02

江ノ電1500形〈1501+1551〉

 江ノ電の腰越ー江ノ島間は電車と車が同じ道路上を走る併用軌道となっています。路面電車が残る都市ではまだ見ることのできる併用軌道ですが、首都圏ではここと都電の王子駅ー飛鳥山間くらいしか残っていませんね。
 腰越の商店街を全長40メートルの電車が悠然と通り抜けていきます。ときおりホーンを鳴らしながら電車はゆっくりと走ります。
 夏場の早朝にここに来ると、サーフボードを抱えた若者がよく通り過ぎていきます。ベタですが「湘南」なんだなと思います。
 話は変わりますが、当ブログも本日をもちまして開設から丸2年となりました。ご覧いただいている皆様まことにありがとうございます。今後ともよろしくお願いします。
【撮影:佐野次郎 2011.2.2 腰越ー江ノ島間】