2010/04/26

鉄道博物館クモハ455-1

 東北新幹線の新青森への延長開業が近づいていますが、新幹線開業前の東北本線には多くの特急・急行列車が運転され、各駅停車よりも優等列車のほうが多いくらいだったのです。
 昭和50年代には、特急の大衆化が進んだなかでも、特急を補完する急行列車も多く運転されていました。東北本線でも郡山あたりまでは急行の利用のほうが一般的だったのではないでしょうか?
 私は子供の頃、那須へ家族で行きましたが、帰りに利用したのが写真の455系らしき急行電車でした。列車名は覚えていませんが、ずいぶんと混雑していたような記憶があります。
 写真のクモハ455-1号は1965年に日本車輛で完成したものです。新幹線の開業後は仙台地区の普通列車などで活躍し、2006年11月に廃車となりました。
【撮影:佐野次郎 2010.4.12】

2 件のコメント:

  1. 佐野さん、こんにちは。
    この電車はよく乗りました。母の田舎が宮城県の岩沼で特急が停まらなかったので大抵、この急行で上野から5時間乗って行きました。東北線では『まつしま』『ばんだい』など、常磐線では『もりおか』『いわき』の名称を覚えています。昔は長距離の急行電車が多く走っていて、上野発の急行が水郡線や磐越西線といったローカル線にまで乗り入れていましたね。

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  2. irifujiさん、コメントありがとうございます。
    そうですよね。現在のJRでは姿を消してしまった急行列車には、特急が停車するほどではないが一定の利用客のいる駅をフォローするという役割や、支線に直通するとい役割を担っていたのですね。
    今やJRでは、都市間輸送と通勤輸送に特化してしまい、流通業やカード事業から収益をあげる方向に進みつつあるのかとも思います。山形新幹線や秋田新幹線など、かつでの急行電車のノウハウを現代化したような例もありますが、もっと鉄道としてのサービスを掘り下げてほしいような気がします。

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