2020/12/13

横浜市営地下鉄

横浜市営地下鉄には、あざみ野ー湘南台間を結ぶブルーラインと、日吉ー中山間を結ぶグリーンラインがあります。市域の拡大に対応した郊外への延長が主体となっていて、市電が走っていたところでも地下鉄がカバーしていないエリアがあります。
中でも市電が何系統も走っていた本牧などはその最たるところでしょう。3号線(現在のブルーライン あざみ野ー関内間)は、関内駅で1号線(現在のブルーライン 関内ー湘南台間)と分岐して、山下町を経由して本牧に至る計画になっていました。
そのため関内駅のホームも、山下町への分岐を見越した構造で建設されました。しかしながら、建設予定の道路の混雑が激しかったことや、地元の反対意見などもあって3号線の関内より先が建設されることはありませんでした。
みなとみらい線が2004年に元町・中華街駅まで開業しましたが、根岸線も含めて本牧から利用するには、バスの助けが必要になります。本牧・根岸を経由する鉄道の構想は現在もありますが、残念ながら具体化するまでには至っておりません。

2020/12/11

165系急行形電車

10月頃にはそろそろ撮影に出かけても良いかと考えておりましたが、このところの新型コロナの感染拡大を考えると、結局は撮影に出ることは控えて、「読み鉄」中心の鉄道趣味を継続しています。
毎月の「鉄道ピクトリアル」誌を中心に、特集に関連するバックナンバーやその他の鉄道書を読んでいます。現在の最新号である2021年1月号の特集は、「電車急行」です。ちなみにJRでは、2016年3月のダイヤ改正で「はまなす」が北海道新幹線開業のために廃止され、急行の定期列車はなくなりました。
私は子供の頃の家族旅行で、上野ー西那須野間で「なすの」に乗車したり、写真のように1985年3月の東北・上越新幹線上野開業で上野口から姿を消す前の急行形電車や東海道線の「東海」「ごてんば」を撮影することができました。
今回「電車急行」を読んで感嘆したのは、東海道新幹線開業前に東海道線の153系電車による急行にあった「寿司コーナー」です。ハード・ソフトとも凝ったもので、需要旺盛な東海道線ならでは成立したものだそうです。しかも長大編成の中に2両も半室の「寿司コーナー」付きビュフェ車が連結されていたのには驚きました。
【撮影:佐野次郎 1984.4.30 尾久駅】

2020/12/07

寝台特急「富士」

鉄道趣味で王道的存在といえば、まずはSL、そのあとは在来線特急とブルートレインだという感覚があります。80年代から鉄道雑誌では何度もブルートレインの特集が組まれていました。現在人気のある新幹線は0系と200系だけでそれほど人気はなかったように思います。
東京駅発着のブルートレインも国鉄の分割・民営化を乗り越えましたが、結局は電車化された「出雲」「瀬戸」以外は全廃となりました。一部個室寝台車の改造などが行われましたが、新車の導入など本格的なてこ入れがなされなかったのが残念です。
国鉄改革の方向が定まりつつあった1985年3月のダイヤ改正では、「出雲」「瀬戸」、急行「銀河」を除いて牽引機関車がEF65形1000番台からEF66形に交代しました。「はやぶさ」にロビーカーを増結したための措置でしたが、精悍なEF66形は好印象でした。
写真の「富士」は、撮影当時は東京ー宮崎間の運転でした。分割・民営化後の1989年3月にはB寝台個室「ソロ」も増結され、個室A寝台・B寝台・食堂車・ロビーカーを擁する編成となりましたが、大分までの短縮や編成変更、「はやぶさ」との併結を経て。2009年3月に廃止となりました。
【撮影:佐野次郎 1985年頃 横浜ー川崎間】

2020/12/06

ツナとトマトのパスタ

土日は仕事が休みになりますので、ランチは私が調理しています。たいていは過去に作ったものの繰り返しですが、久しぶりに新しいメニューを作りました。今回はツナとトマトのパスタです。
ネットでレシピを何種類か見ましたが、まずはツナとたまねぎ、しめじ、エリンギをオリーブオイルで炒めました。ツナ缶の汁は捨てずにそのまま炒めております。次にトマトソース缶からソースを投入しますが、野菜ジュースも缶の掃除を兼ねて加えています。
パスタを食塩を加えて、やや硬めに茹でています。ソースと絡めて完成ですが、ソースには粉チーズ大さじ2杯を加えて、しっかりとコクを出しました。パスタはレシピでは一人当たり100gが標準ですが、それでは多いので80gに減らしています。
汁物としてはコンソメでコトコト煮込んだポトフを用意しています。じゃがいもとソーセージを使っていますので、ボリュームもあります。私にはビールが必要ですが、長年ロング缶を標準としていたところ、最近は普通サイズがほとんどになりました。これも年齢的なものでしょう。

2020/12/05

相模鉄道9000系(9701F)

10月の後半には、そろそろ撮影を再開してもいいのではないかと思っていましたが、新型コロナが心配ですので、今のところ撮影に出かけるのは差し控えております。寒くなってきたら心配だなとは思っていましたが、11月で潮目が変わった感じです。
そうして撮影に出かけていないでいる間にも、新しく走り始める車両もあれば、現役を去る車両があります。相模鉄道9000系の第一編成である9701Fも現役を去り、既に解体のために車庫から搬出されたそうです。
9000系も9701Fを除いて、塗装をYNBと呼ばれる濃紺の新しいコーポレートカラーに改めると同時に大規模なリニューアルが行われました。9701FもYNB化されると思っていましたが、既に車齢28年、投資対効果の観点で廃車されることになったのでしょう。
写真の9701Fは1993年1月に東急車輌で完成したものです。2007年4月に新たに設定されたコーポレートカラーに塗装が変更されました。営業運転の最終は11月30日でした。9701Fの引退により、相鉄では行先表示に方向幕を使用している編成がなくなりました。

2020/11/29

205系(ケヨM33編成)

武蔵野線の205系が、2020年10月に営業運転を終了しました。武蔵野線の205系は、1991年頃に少数が新規に製造されましたが、大半は山手線から転用した車両の電気部品を新しくしたものでした。後継は主に中央・総武緩行線から転属した209系500番代・E231系です。
私も京葉線に乗り入れている武蔵野線電車を通勤で利用していたことがあります。京葉線内は快速運転で、便利に利用しておりました。現在は京葉線内は各駅に停車するのですが、京葉線も快速中心だった頃に比べると速達性は後退しているといわざるを得ません。
というのも沿線の開発が進み、利用客が増えているのですからやむを得ないことです。京葉線・武蔵野線とも開通当時の想定よりも大幅に利用客が伸びていますから、列車の運転本数や駅の通路幅なども充分ではないのではないでしょうか。
写真のケヨM33編成は、1988年4月に東急車輌で山手線のヤテ56編成として完成したものです。8両が2005年7月に東京総合車両センターで武蔵野線向けの転用改造を終えました。2020年1月に廃車され、インドネシアに譲渡されました。

2020/11/23

相模鉄道7000系(7715F)

相模鉄道の新7000系が、11月の7.8日に行われた引退記念のイベントに充当された7754Fを最後に現役を退きました。まだまだ新しい電車だと思っていた新7000系ですが、姿を消すことになりました。
JR東日本では205系、東急では9000系が同世代の電車ということになります。また6000系・7000系と実用本位の車両が主力だった相模鉄道の中で、初めて現れたデザインをより重視した電車だといえるのではないでしょうか。
近年は塗装を変更して営業運転に就いておりまして、それは好感の持てる塗装ではありましたが、やはり新製当初の赤基調の帯を巻いた姿のほうが、新7000系の魅力をストレートに反映した姿だったと思います。
写真の7715Fは1987年3月に日立製作所で完成したもので、7000系の13次車に相当します。2011年8月に10連から8連に短縮され、新塗装化されました。2020年1月に廃車となりました。

2020/11/22

なつかしの食堂車

上野東京ラインの尾久駅に隣接する尾久車両センターには、5両のブルートレイン用の客車が留置されています。旧「北斗星」用が3両、旧「出雲」用が2両の24系25形ですが、塗装もされていないようで痛々しい姿です。
国鉄の分割・民営化を生き延びたブルートレインですが、航空機・新幹線・高速バスの発達を前に姿を消してしまいました。1980年代には傾きはじめていましたが、それでも一番の撮影対象でありました。
1991年に九州を一周する旅行に出かけましたが、帰りに博多から「あさかぜ4号」に乗車し、ついに念願のブルトレ食堂車を利用することができました。計画も切符の手配もレンタカーの運転も友人任せという便乗に近い旅行でしたが。
写真のオシ24701は、1973年9月にオシ24 1として新潟鉄工所で完成し、向日町運転所に新製配置されました。すぐに品川客車区に転属し、九州行の寝台特急で活躍しました。1986年12月には大宮工場で「あさかぜ1.4号」用に内装をグレードアップし、701号に改番されました。1994年には尾久客車区に転属し、「出雲」に使用されました。
【撮影:佐野次郎 2016.10.10 尾久駅】

2020/11/21

横浜市営バス99系統廃止

桜木町駅と磯子車庫を結んでいた横浜市営バスの99系統が11月3日で廃止になりました。本牧通りをまっすぐに走る運転系統で、運転期間も運転距離も長い路線でした。私としては、101.105.106系統と並んで馴染みの深いバスの運転系統でありました。
小さい頃はずいぶんといろいろな病院にかかった記憶がありますが、母に連れられて市バスでも通院しました。吉浜橋の中央病院や、尾上町の秋山眼科には行った記憶がありますね。当時の横浜市営バスは帯のブルーが現在よりも濃い色調でした。
山手トンネルも片側は廃止になった市電のトンネルを車道に転用する工事の最中で、古い方のトンネルが両側通行でした。あと市バスの車内も後ろの方が通勤電車のような長椅子でした。冷房装置もついておりませんでした。
99系統は本数も1時間に数本で、比較的空いている運転系統でした。ゆえに今回整理されてしまったのだと思います。混んでいる105系統は今回、地下鉄関内駅ー本牧車庫間が増便されたので需給調整がされたのだと想像しています。

2020/11/15

引退間近の185系電車

東海道線で特急「踊り子」や湘南ライナーで使用されている185系特急形電車ですが、いよいよ2021年3月のダイヤ改正で定期運用から退くことになりそうです。なんでも、湘南ライナーが、特急「湘南」に格上げされるとか。
185系の代替となるのは、中央本線の特急「あずさ」「かいじ」や房総特急から転用されるE257系電車です。リニューアルを実施した上での転用ですが、車両の需給を考えると順当な施策といえるでしょう。
少々の料金を上乗せしてもよいので座って通勤したという需要はあると思います。生産人口の減少や、テレワークの普及などで乗客数の増加が見込めない今、通勤特急の拡充で客単価の上昇を図る施策は時宜にかなったものであります。
ちなみに写真を撮影したのは1985年であります。特急らしくないといわれた転換クロスシートが交換されるなどリニューアルが実施されたとはいえ、30年以上も東海道線で走り続けているのは、185系が本質的に堅牢に製造された車両だったからでしょう。
【撮影:佐野次郎 1985年 大船駅】

2020/11/05

EH200形(16号)

EH200形は中央線・信越線・上越線など急こう配が連続する直流電化区間での使用を目的として導入されたもので、EF64形の後継機でもあります。主電動機をEF210形と共通化するなど、JR貨物の機関車としての標準化にも配慮がなされています。
量産機では試作機である901号機の前面窓中央にあったセンターピラーを廃止し、ワイパを扇拭き式に変更したことで、視界の改善を図っています。また運転室の前面計器パネルを3面パノラマ化して、視認性の向上に配慮しています。
制御装置はIGBT-VVVFインバータ制御のFMPU15A・B、主電動機は出力565kWのFMT4×8、補助電源装置はIGBT-SIVのFAPU5Aです。台車は軸はり式ボルスタレスのFD7系、集電装置はFPS4を装備しています。また運転整備重量は134.4tとなります。
写真の16号は2008年2月に東芝府中工場で完成し、高崎機関区に新製配置されたものです。高崎機関区のEH200形は25両の配置ですが、近年は増備されておりません。EF64形1000番代の代替をどのように進めていくのかも興味深いところです。

2020/10/31

新宿線10-000形(10-230F)

そろそろ撮影に出かけてもよいのではないかと思っているのですが、実際に休みの日になると、家でゆっくりしていることが多いですね。ともすれば入手するだけで満足しがちであった鉄道書もじっくりと味わうこともできます。
デジタルの一眼を入手して撮影を再開したのが2009年ですが、過去に撮影した写真を見直してみると、既に姿を消した形式もあります。京急の先代1000形や相鉄7000系、小田急5000系などですが、都営地下鉄新宿線の10-000形も2018年に姿を消しました。
10-000形は新宿線の初代の車両で、開業前の1971年に試作車が完成して三田線で試験されました。新宿線開業の1978年から97年まで増備が行われ、224両(8両編成28本)が製造されました。
写真の10-230Fは1988年5月に近畿車両で完成したもので、10-000形の4次車に相当します。新製当初から冷房装置を搭載していました。撮影後に行先表示のLED化が行われました。2016年9月に廃車となりました。
【撮影:佐野次郎 2019.7.19 笹塚駅】

2020/10/18

相模鉄道9000系(9705F)

 1990年代半ばに少しだけ通勤で相模鉄道の横浜ー海老名間を利用していました。当時は海老名行が急行、いずみ中央行きが各停というシンプルなダイヤでした。朝の急行海老名行は、運転本数が多いために二俣川まではゆっくりとした運転でした。
 車両については、6000系・7000系が主力を占め、1本だけの存在だった3000系も健在でした。8000系・9000系が最新型で、クロスシートは仕事に疲れて帰るときにはありがたく感じたのを覚えています。
 あとは海老名駅ホームの駅そばで食べるカレーライスが美味しかったことも覚えています。カレーといえば、横浜駅近くにもベイリーフというカレーのお店があり、ときどき行っていました。どちらも現存しないのは残念ですが。
 写真の9705Fは、1996年5月に東急車輌で新製されたもので9000系の3次車に相当します。2013年にインバータ装置を更新し、2016年11月にリニューアル工事を終えてYNB塗装になっています。
【撮影:佐野次郎 2011.11.13 鶴ヶ峰ー西谷間】

2020/10/17

相模鉄道7000系(7712F)

 撮影に出かけるのを再開するとしたら、最初に行きたいのが相模鉄道です。20000系の増備車が営業運転入りしていますし、8000系のリニューアル編成も1本が登場しました。10000系のリニューアル編成も近いうちに営業運転入りすることでしょう。
 鉄道車両としてはオリジナリティがあり、インパクト抜群なYNB(ヨコハマネイビーブルー)の車両が増えていく中で、かつての主力車両であった7000系は既に引退し、新7000系も11月には完全引退することになります。
 7000系は通勤電車として実用本位なデザインですが、ボタンで開閉できる大きな1段下降式の側窓など独自の特徴もある電車でした。車体の側面に寄せた前照灯や、高運転台構造を採用したための小さめの正面窓、大型の列車種別表示など前面スタイルがまた個性的です。
 写真の7712Fは、1982年3月に日立製作所で完成したものです。2019年5月に廃車となりました。7000系も姿を消しましたが、写真の撮影場所も都心直通工事のために踏切が廃止され、撮影はできなくなりました。

2020/10/11

JR桜木町ビル 110形蒸気機関車

 2月に東急田園都市線の撮影に出かけて以来、コロナ禍により撮影のための外出は控えておりましたが、ようやく新作を撮影しました。といいましても通帳の繰り越しとウォーキングを兼ねた外出の途中に立ち寄ったJR桜木町ビルで、しかもスマホによる撮影です。
 2020年6月から現在の場所で展示されている110形蒸気機関車ですが、1961年から2019年8月まで長きにわたって青梅鉄道公園で展示されていたものです。当時は内部構造がわかるように車体の一部が切り開かれた状態で展示されていました。
 私にとって最初の鉄道書であった保育社のカラーブックス「蒸気機関車」の表紙を飾っていたのも、青梅時代のこの機関車です。撮影は広田尚敬さんです。ですので私が初めて対面した蒸気機関車ということになります。
 110号機関車は1871年イギリスのヨークシャー社で完成したもので、1形式1両の存在です。1923年に保存することが決まり、青梅鉄道公園が開園する前は大宮で保管されていました。

過去の記事から
青梅鉄道公園110

2020/10/10

東京急行電鉄8500系(8615F)

新玉川線の建設にあわせて登場し、長らく田園都市線の主力として活躍してきた8500系の置換えも2020系の導入により本格化しております。2020系は今年度に20編成にまで増えますので、8500系もあわせて運用を離脱する編成が出ております。
JRでいえば、国鉄時代の103系と同時期に製造された8500系をずいぶんと長く引っ張ったように感じます。とはいうものの東横線でも5050系が導入される前は、8000系の更新を行いながら長期間使用していました。
東急でも、8090系・8590系・7600系・7700系とここ10年で姿を消した系列が出ています。東横線は5050系、田園都市線は2020系・5000系、目黒線は3020系・5080系・3000系、大井町線は6020系・6000系・9000系、池上・多摩川線は7000系・1000系に集約されました。
写真の8615Fは、1975年10月に東急車輌で完成したものです。当初は5連でしたが、中間車を増備して10連になりました。行先表示のLED化、先頭車へのスカート設置などが行われました。2020年8月に営業運転を退き、廃車になりました。

2020/09/27

小田急先代5000形(5061F)

 小田急電鉄もいよいよ複々線化が完成し、新たな時代へと踏み出した感があります。コロナ禍により、一時的には雌伏を余儀なくされるでしょうが、数年もすれば勢いを再び取り戻すことでしょう。
 私が少しだけ知っている90年代の小田急といえば、いつも混雑している路線という印象でした。海老名と本厚木の間だけの利用がほとんどでしたが、急行はいつも異様に混雑しているという印象でした。
 車両についても小田急顔の2600・4000・5000・5200形が全盛で、少し毛色の変わった9000形も健在でした。2000形が最新車両でありました。ロマンスカーは3100形も健在で、一度新宿から本厚木まで利用したことがありました。
 先代5000形は1969年から77年にかけて製作されました。写真の5061Fは、1971年4月に東急車輌で完成し、2010年9月に廃車になるまで使用されました。二代目の5000形が登場した今では、懐かしい電車という印象です。
【撮影:佐野次郎 2009.5.3 読売ランド前駅】

2020/09/26

東京急行電鉄1000系(1021F)

 東急池上・多摩川線で現在使用されている1000系は、1991年から93年にかけて製造されたグループが中心になっています。古い電車が中心に使用されていた印象のある池上・目蒲線(当時)のサービス改善に貢献した電車といえるでしょう。
 車体長18メートル・3扉の車体は、先に登場した東横線9000系を一回り小さくしたようなスタイルになっています。直線基調の簡素なデザインですが、同時期に製造されたJRの205系同様、車内も明るく感じられる好感のもてる電車だと私は思います。
 VVVFインバータ制御機器の更新時期にかかっているため、2編成が機器を換装して1500番台に編入されています。おそらく今後も編入改造が行われて、池上・多摩川線は7000系と1000系1500番台に揃えられていくのではないでしょうか。
 写真の1021Fは1993年2月に東急車輌で新製されたものです。ワンマン運転対応準備工事、集電装置のシングルアーム式パンタグラフへの換装、行先表示のLED化などが行われました。7700系が長く活躍していたので新しい車両と思っていた1000系も大ベテランですね。
【撮影:佐野次郎 2019.9.2 御嶽山ー久が原間】

2020/09/20

東急池上・多摩川線1000系1500番台(1508F)

 東急池上線・多摩川線の車両は共通で、雪ケ谷検車区に7000系45両(3両編成15本)、1000系48両(3両編成16本)が配置されています。1000系のうち7編成は、日比谷線直通用だった編成を短縮して1500番台に改造したものです。
 車体は従来の赤帯に代えて緑の濃淡の帯を巻いています。また車内の化粧板も交換されて木目調になっています。いずれも7000系にイメージを揃えたものです。また正面の列車種別表示をなくして車番を表示するようになりました。
 電装品は7000系と同等の新品に換装しています。IGBT-SIV一体型のVVVFインバータ制御になりました。また3両編成への短縮に伴い、五反田方の制御車を電装化して制御電動車にしました。このため新形式デハ1500形ができています。
 写真の1508Fは、1990年9月に完成した1008Fを、2015年6月に東急テクノシステムで1500番台に改造したものです。8編成あった日比谷線直通編成ですが、1500番台化されたのは7編成で1506Fが欠番になっています。

【撮影:佐野次郎 2019.9.2 御嶽山ー久が原間】


2020/09/13

東急池上・多摩川線7000系(7109F)

休日は家で過ごすのが常態となり、休日の外出といえば実家の買い物・掃除、体力維持のためのウオーキング、通院、日用品の買い物くらいです。休日に電車に乗るということがなくなっています。平日は仕事に行きますが、やはり電車の利用は定期券の区間そのものとなります。
たまには普段利用しない電車に乗って気分転換を図ってみたいものです。路線によって雰囲気がやはり異なります。東急池上線は閑静な住宅地を沿線に多く抱えるせいか、なかなか雰囲気のいい路線です。
多摩川線も入る蒲田駅は堂々たるターミナル駅の風情です。地下鉄になる前の東横線渋谷駅を小さくしたような感じです。ずいぶんと高い位置にある五反田駅も独特の雰囲気です。最近は池上駅が再開発でガラリとイメージを変えたそうですね。
写真の7109Fは、2017年11月に総合車両製作所横浜事業所で完成したものです。7000系も45両(3両編成15本)が揃い、7700系を代替しました。今後しばらくは1000系のリニューアルを少しずつ進めていくのでしょう。
【撮影:佐野次郎 2019.9.2 御嶽山ー久が原間】

2020/09/05

鉄道ピクトリアル誌の私鉄特集増刊号


 コロナ禍を受けて2月を最後に撮影に出かけることを控えておりますので、私の鉄道趣味は、鉄道書を読み込む「読み鉄」が中心になっております。知識を仕入れてなおかつ整理していくいい機会になると思っています。

「鉄道ピクトリアル」はベースになる資料として毎号購入しておりますが、別冊・増刊号もたいていは購入しています。なかでも大手民鉄を特集する増刊号が年1冊ほど発売されるのを楽しみにしています。

運転や車両についても詳細に掲載されますが、経営や現場での仕事の仕方にも触れられていて視野が広がります。そして時間軸も広く取られ過去についても興味深い記事が掲載されています。情報の質量とも圧巻ではないでしょうか。

以前はいわゆる積読で、入手しただけで満足してしまっていた部分があったのですが、撮影の時間が減った分を鉄道書を読み込むことにあてております。これから鉄道書は購入は慎重に、購入したら徹底的に読み込んでいきたいと思います。

2020/09/04

東急東横線5050系(4107F)


今年は大変な年になる、とか新たな時代とか、未曽有の、などなどといった表現は、毎年というかずっと言われ続けていることでありますが、このコロナ禍は数十年後の日本史の教科書には載っているような気がします。

東京一極集中と、何十年も言われ続けていて三密を避けなさいという。感染拡大防止のためには当然ですが、三密を前提としてやってきたライフスタイルの中では大変革が求められます。結果として社会の様々な部分に影響が出てくることでしょう。

乗客が減少しているJR東日本でも、終電の繰り上げを表明しました。うなづける施策だと思いますが、これも様々な影響を及ぼすことでしょう。急速に拡がったテレワークもまた衝撃的です。

写真の4107Fは、2012年11月に総合車両製作所で完成したものです。東急東横線の特急・急行に使用される5050系4000番台ですが、10連になったことと車番以外は8連の5050系と変わりがないように見えますね。

【撮影:佐野次郎 2019.9.23 都立大学ー自由が丘間】

2020/08/16

E233系5000番代(ケヨ520編成)

E233系5000番代は、京葉線で使用していた201系・205系の老朽取替を目的として導入したものです。10両貫通と4+6に分割可能の2タイプの編成を導入し、バリアフリー化や主要機器の二重系化による安定輸送の強化を行いました。
車体は軽量ステンレス製で、車体断面はE233系0番代と同様の車体幅2.950mmの拡幅車体です。客室の内装はモダンであたたかみのあるカラーデザインとしています。側窓ガラスは熱線吸収ガラスを採用し、カーテンを省略しています。
制御装置はIGBT-VVVFインバータ制御のSC85A、主電動機は出力140kWのMT75、補助電源装置はIGBT-SIVのSC86Aです。台車はDT71系/TR255系、集電装置はPS33D、冷房装置はAU726、列車情報管理装置TIMSを装備しています。
写真のケヨ520編成は2011年7月に新津車両製作所で完成したものです。京葉線用E233系の識別帯はワインレッドとなっています。E233系5000番代は2010年3月から2011年6月にかけて集中的に導入されましたが、209系500番代1編成も機器更新を行い継続して使用されています。

2020/08/13

ハンバーグの調理法

 みんな大好きハンバーグということで、わが家でも月に一度くらいはハンバーグが食卓に上ります。ハンバーグといえば焼きが王道だとは思いますが、わが家では失敗の少ない煮込みハンバーグが主流でした。

わが家で煮込み料理に使っているティファールの大きめの鍋は独身時代から使っていますので、10年以上は使用している代物です。テフロン加工も長年の使用で剥げてきていますので、煮込みとはいえどもハンバーグの仕上がりに物足りなさを感じるようになりました。

そこで勇気を出して焼きハンバーグに挑戦してみました。強めの中火で約1分焼いて焼き目をつけて、フライパンにフタをしてから約5分弱火でじっくりと加熱しました。最後に1分間余熱で蒸らしました。それで中までしっかりと火が通りました。

それで前回ハンバーグはうまくいったのですが、つけあわせが今一つでした。そこで今回、ハンバーグは焼きで、つけあわせは煮込みでというハイブリット方式で調理しました。これで満足度が高まりました。次回の課題は煮込み時間を長めにとって、野菜をもう少し柔らかめの食感に仕上げることです。

2020/08/10

東急田園都市線8500系(8623F)

 おかげさまで今年も無事に夏休みを迎えることができました。例年であれば近場で数回撮り鉄に出かけるところでありますが、新型コロナウィルスの感染もここに来て再び増加傾向がはっきりしてきたので、夏休み中の出動は困難でしょう。

仕事や買い物、実家の手伝いなど生活していく上で不可欠な外出はしないわけにはいきません。仕事が休みの日には体力を維持するために、運動も欠かせないでしょう。ある程度の年数を重ねてきた撮り鉄にも出かけたいところではあります。

しかしながら撮り鉄に出かけたがために、移動途中で感染してしまったら、もしくは感染させてしまったら、などと考えると躊躇します。確率の上では数あるリスクの一つではあるのですが、悩ましいところです。日々の記録を続けるというのも案外贅沢な望みであったかとも感じています。

写真の8623Fは、1976年11月に東急車輌で完成したものです。中間車をのちに増備して10両編成となりました。先頭車へのスカート装備や行先表示のLED化などが行われました。2020年3月に営業運転を退き、廃車となりました。

【撮影:佐野次郎 2018.8.13 すずかけ台ーつくし野間】

2020/08/07

相模鉄道7000系(7751F)

 昨年11月に西谷駅を分岐点としてJR埼京線との相互直通運転を開始した相模鉄道ですが、さらに新横浜を経由して、東急との相互直通運転の工事を進めています。そのため1編成だけだった20000系の増備が進められます。

そうなりますと、新7000系や8000系の初期型、YNB化の対象からは外れていると思われる9000系の第一編成などの去就が注目されます。20000系の投入に伴い、検査期限を考慮して廃車が進むことになるでしょう。

かつて8000系と9000系が相鉄の二枚看板であったように、これからは12000系と20000系が相鉄の新たなイメージを象徴する存在になっていくのでしょう。その中で8000系・9000系・10000系・11000系のYNB化も彩を添えることになりそうですね。

写真の7751Fは1988年4月に日立製作所で完成したもので、7000系の14次車に相当します。主回路はVVVFインバータ制御で、5両+5両で10両編成を構成しております。2012年8月に現行の塗装になりました。

【撮影:佐野次郎 2018.5.13 西谷ー上星川間】

2020/07/24

E217系(クラY-48編成)


山手線への投入が完了したE235系ですが、山手線の次は総武快速・横須賀線に投入されます。既に2編成が完成したそうです。おそらくこれから数年で、現行のE217系を置き換えることになるでしょう。
E235系ではいよいよ普通車のクロスシートがなくなり、ロングシートに統一されるそうです。総武快速線での混雑が深刻なためでしょう。かつての113系1000番台のような3ドア車では、現在の混雑には対応できないと思います。
総武線も惜しむらくは、方向別配線が採用されていないことです。早期完成のためにやむをえないとはいえ、錦糸町などの駅で御茶ノ水駅のように同一ホームで乗り換えができれば、通勤時間が相当短縮できることでしょう。
写真のクラY-48編成は、1999年10月に普通車が新津車両製作所、グリーン車が川崎重工で完成したものです。当初は幕張電車区の配置でしたが、2006年3月に鎌倉総合車両センターに配置が集約されました。2010年1月に機器の更新を行っています。
【撮影:佐野次郎 2010.2.13 西大井駅】

2020/07/19

E233系3000番代(U626編成)


このところの日々の通勤ですが、観光客の減少やテレワークの継続を背景として、コロナ禍前よりはまだ空いているようです。感染者数も増大しているようですが、日々の暮らしを成り立たせるためには家に閉じこもっているわけにもいきません。
今やっていることは早めに家を出て、通勤のピーク時に電車に乗るのを避けることと、帰宅時には比較的空いている後ろよりの車両を利用することです。あとは通勤時には使い捨てのマスク、職場では冷感マスクを使い分けています。
職場まで通勤するという生活スタイルですが、大正時代に始まったものだということです。私自身としては、職場と自宅はきっちりと区別したい考えです。とはいうものの、テレワークに仕事の中身がマッチするならば、例え部分的でも導入するのがよいでしょう。
写真の小山車両センターU626編成は、2012年10月に普通車が新津車両製作所、グリーン車が川崎重工で完成したものです。高崎・宇都宮線の211系の代替を目的に高崎車両センターに新製配置され、2015年3月に小山車両センターに転属しました。
【撮影:佐野次郎 2019.7.19 川崎ー横浜間】

2020/07/18

E231系0番代(ケヨMU12編成)


武蔵野線の205系5000番台の置換えも急速に進んでいるようです。中央・総武緩行線からの209系500番台・E231系0番台の転用によって世代交代が進みました。武蔵野線も数値以上に混雑の激しい路線ですので、拡幅車体の電車の投入が望ましいと思います。
JRの通勤電車としては最初の世代である205系も武蔵野線から撤退すれば、残るのは仙石線・宇都宮/日光線・南武支線・鶴見線・相模線など限られた路線になります。今後は京浜東北・根岸線のワンマン化とE235系の投入により大きな動きがあるのでしょうか。
これからは少子高齢化と伝染病対策によって、首都圏の鉄道の姿にも変化があるのかもしれません。テレワークが本格化することで、時間帯別の運賃が導入されたり、グリーン車付きの通勤電車が各路線で当たり前になるでしょうか?
写真のケヨMU12編成は、2001年3月に新津車両製作所で完成し、三鷹電車区B25編成として新製配置されました。2019年2月に長野車両センターで武蔵野線向けの転用改造を行い、ケヨMU12編成となりました。

2020/07/12

品川駅の山手線6扉車


JR東日本の通勤電車には、ラッシュ時の混雑緩和を目的として、通常片側四か所の出入口を六か所に増やした車両がありました。山手線の205系を最初に、横浜線に導入されました。その後は、京浜東北・根岸線の209系にも採用されました。
21世紀に入り、E231系の時代になってからは、中央・総武緩行線にも入り、山手線のE231系500番台にも採用されました。新製ではこれが最後ですが、205系の6扉車は転属により埼京線で使用されました。
時代は流れて、安全性向上のためホームドアが導入されることになり、山手線のE231系500番台には4扉車が増備されて、6扉車は編成から外れました。他路線でも置換え済で、去る3月に中央・総武緩行線でも編成の組換えにより6扉車は姿を消しました。
写真の品川駅では、長い間使用されていた山手線用の留置線も姿を消しました。現在は線路もはがされて空き地になっています。いずれは京急線が地上に降ろされて新しい京急品川駅の一部として活用されることでしょう。
【撮影:佐野次郎 2009.6.7 品川駅】

2020/07/11

特急「かいじ」のE257系


中央本線の特急「あずさ」「かいじ」といえば、私にとっては183系電車の印象が強いです。歴史の古い「あずさ」には181系電車によって運転されていた時代もありますが、甲府止まりの列車を改称した「かいじ」は当初から183系電車による運転でした。
JRに移行してからは「あずさ」に内装をグレードアップした183系の改装車が登場したり、東京まで運転される列車が設定されたりもしました。振り子装置付きのE351系の投入によって、新たな時代の到来と思いきや、5編成だけの製造で打ち切りになりました。
183系も大半が残りましたが、2001年から翌年にかけてE257系電車に置き換えられました。E257系は、E231系電車のシステムを基本にして特急形電車に発展させた形式です。振り子装置もなく室内の造作もカジュアルなものといえるでしょう。
2019年3月には新型E353系電車によって、中央本線の特急からは退きました。E351系は廃車となりましたが、E257系はリニューアルされて東海道本線・伊東線の特急「踊り子」に転用され、国鉄時代から使用されている185系電車を置き換えることになります。
【撮影:佐野次郎 2010.3.6 高円寺駅】

2020/07/05

東京急行電鉄9000系(9005F)


現在では大井町線専用車両となっている9000系ですが、私にとっては東横線用の車両という印象が強いです。今でこそ5050系に席巻されている東横線ではありますが、8000系・8090系(8590系)・9000系の混用の時代が長く続きました。
当時の東急東横線は、渋谷ー桜木町間の運転で、1時間に急行が4本と各停が4本、それに中目黒ー日吉間に日比谷線直通の各停が混じるのが基本になっていました。競合する路線もないのでゆっくりと走っていたような印象です。
JR東日本が湘南新宿ラインの運転を始めたこともあり、2001年に東急東横線では特急の運転を開始しました。停車駅は渋谷・自由が丘・武蔵小杉・菊名・横浜・桜木町と厳選され、当初は日中だけの運転とはいえ、革命的な速達列車となりました。
写真の9005Fは、1988年2月に東急車輌で完成したものです。2004年に横浜ー桜木町間が廃線となり、みなとみらい線に直通するようになってからも東横線で活躍しました。2013年6月に5連に短縮されて大井町線に転用されました。

東京急行電鉄9000系(9005F)


7月になったら、撮影に出ても良いのではないかとも思いましたが、再び新型コロナの感染者数増加のニュースを見聞きして、撮影開始はやはり難しいと思いました。撮影に行こうと思えば行けたコロナ以前が懐かしい限りです。
日々の通勤では、かなり乗客が戻ってきていることを実感しています。とはいうもののテレワークの活用によって、コロナ以前よりはやや乗客は少ないものと想像します。テレワークに向く職種、向かない職種、業務の中にもテレワークでできるものとできないものがありますが。
反面、住宅街に妙に人が増えたような感覚は薄れつつあります。外出にも選択肢が戻りつつあるからでしょう。前回の緊急事態宣言のように一律に外出自粛とするのではなく、年齢層別にメリハリをつける必要があるのかもしれませんね。
写真の9005Fは、1988年2月に東急車輌で完成したものです。2013年3月に東横線での営業運転を終えて、同年6月に5連に短縮されて大井町線に転用されました。9005Fが東横線から大井町線に転用された9000系の最終編成となりました。


2020/06/21

東武鉄道20000系(21813F)

2020年3月に東武鉄道20000系が、東武伊勢崎線~東京メトロ日比谷線からの直通運転から退きました。直通運用は後継となる70000系に継承され、20000系は一部が編成短縮されて20400系となり支線区に転用されます。
20000系電車は、1988年から1997年にかけて192両(8両編成24本)が製造されたものです。車体長は一般的な20mより少し小さい18mですので、短編成化すれば支線の運用には適していると思います。往年の3000系のイメージです。
趣味的には地方鉄道への譲渡があると面白かったように思いますが、実際にはないようです。短編成化のほか、走行機器を一新してワンマン化、リニューアルを併設すると魅力的な車両になるのではないかと思います。
写真の21813編成は、1992年3月にアルナ工機で完成し、2017年9月に廃車となりました。20000系の引退については、事前の告知はなかったそうです。撮影の過熱による人の集中を避けたのでしょう。
【撮影:佐野次郎 2011.10.9 せんげん台ー大袋間】

2020/06/20

京浜急行800形(814編成)


今週も1日の在宅勤務を含めて無事に仕事が終わりました。出勤はかなり早めに出ておりますので、電車も空いております。余裕を持って本を読むこともできます。帰宅時の電車は、乗客もだいぶん戻ってきましたが、コロナ以前に比べるとやはり空いております。
外出制限も緩和され、通勤電車に人が戻ってきた反面、混雑の続いていたスーパーでの買い物はしやすくなってきました。とはいいましてもわが家では現在でも買い物には一人で行くようにしています。
もともと決して広くはなかった私の行動範囲もさらに縮小しております。会社に行く以外は、徒歩圏を出ることはありません。その代わりといっては何ですが、読み鉄を含めた読書は充実しています。
写真の814編成は、1980年3月に東急車輌で完成したものです。当初は3両編成でしたが、1982年3月に東急車輌で中間車3両を増備して、6両編成になっています。2014年5月に廃車となりました。
【撮影:佐野次郎 2012.8.13 京急田浦ー追浜間】

2020/06/14

湘南新宿ラインE233系


私も社会人になってから、最初の何年かは五反田まで通勤していました。石川町から品川まで京浜東北線に乗って、品川から五反田までは山手線を利用していました。90年代前半でしたので、京浜東北線は103系と209系、山手線は205系を使用していました。
現在は湘南新宿ラインが走っているので、横浜から大崎・恵比寿・渋谷・新宿・池袋まで乗り換えなしで早く行くことができます。日中は1時間に4本の設定ですが、品川で山手線に乗り換えるしかなかった頃よりも格段に便利になったと思います。
さらに競争相手の東急東横線は、みなとみらい線・東京メトロ副都市線と直通して、同じように新宿・池袋まで早く行けます。こちらは運賃はかさみますが、元町・中華街駅から乗り換えなしで、特急・急行あわせて1時間に8本と、本数がより多いというメリットがあります。
写真の五反田駅も以前は山手線の他は、NEXと臨時列車が並行する貨物線を通過するだけでしたが、現在は湘南新宿ラインE231系・E233系、埼京線E233系、りんかい線70-000系に加え、相鉄12000系も通るようになりバラエティ豊かになっています。
【撮影:佐野次郎 2019.12.30 五反田駅】

2020/06/13

東急田園都市線2020系(2128F)


6月に入ってから、通勤する人も増えて電車の混雑状況もだいぶん元に戻ってきました。緊急事態宣言中のガラガラ感は去りました。それでもインバウンドの減少や在宅勤務の継続により、多少は混雑が緩和されているように思います。
逆に電車が空いていた反面、混雑が激しくなっていたスーパーは少し空いてきたようです。まあ普通に買い物ができるようになってきたと思います。私は料理をするのが好きなので、スーパーで買い物がしやすくなると助かります。
撮り鉄に出かけるのは、年内はやめておこうかなと思っております。総武快速・横須賀線に投入されるE235系1000番台や、東海道線の特急「踊り子」のE261系・E257系も気になりますが、しばらくは読み鉄中心の鉄活動になるでしょう。
写真の2128Fは、2019年3月に総合車両製作所新津事業所で完成し、同年4月に営業運転を開始したものです。2020系も2137Fまでが就役して、17編成170両が活躍するに至っております。長く活躍した8500系の置換えも進んでいますね。
【撮影:佐野次郎 2020.2.11 つくし野ーすずかけ台間】

2020/06/07

E531系(カツK409編成)


上野東京ラインができてからインパクトを感じたのは、常磐線の電車が品川まで乗り入れてくるようになったことです。取手以北に入るE531系、取手までのE231系、特急用のE657系といずれも上野まで行かないと見られない電車だったからであります。
乗り入れるのが品川までとなっているのは、営業上の効果を精査して、直流専用電車よりも高価な交直両用電車の調達を抑えたものと推測します。常磐線沿線に住んでいて品川に通勤している方にはすごくメリットがあるでしょうね。なんといっても始発は空いておりますので。
さて現在常磐線の主力となっているE531系ですが、ランニングコスト削減に重きを置いていたJR東日本の新型電車が、信頼性向上に舵をきった記念すべき形式ともいえるでしょう。現在最多勢力となっているE233系に先行する部分もあったと思います。
TXの存在も意識しているのか最高速度が130km/hに向上し、特別快速も設定されました。揺れ防止のバンパがついた台車も頼もしいです。E531系にはグリーン車もつきましたので、415系に比較して相当なサービス改善がなされたといえるでしょう。
【撮影:佐野次郎 2018.6.5 品川ー新橋間】

2020/06/06

415系500番代


上野東京ラインが開業してからは品川まで乗り入れてくるようになりましたので、身近な存在になった常磐線ですが、もともとは上野まで出ないと見られない電車でありました。秋葉原まで行けば、時折引き込み線に留置されている姿を見た記憶もありますが。
また現行のE531系に一気に置換えられるまでは、交直両用の415系近郊型電車が主力でした。昭和30年代に登場した401系電車を基本にした形式が、平成になってからも主力の座を占めていたわけです。取手までは直流専用の電車(103系→E231系)が使用されます。
もともとローズピンクの塗装でしたが、昭和60年にはイメージアップを目的としたものか、アイボリー地に青帯というカラーリングに変更になっていました。同じく上野を始発とする東北本線・高崎線の電車は湘南色のままでした。
写真の415系500番代は、近郊型電車では基本となっていたセミクロスシートをやめて、オールロングシートにしたものです。以前の西武池袋線のような長い座席になったわけですが、それだけ常磐線の混雑が激しくなっていることを反映していたのだと思います。

2020/06/03

東急池上・多摩川線7700系(7914F)


緊急事態宣言は解除されましたが、さすがにすぐに撮影に出かけようという気持ちにもなりませんので、鉄道趣味は読み鉄が中心となります。鉄道ピクトリアル誌の最新号を基本に、関連するバックナンバーなどを参照して読み込みます。
前回2020年6月号の特集は、東急7000系(初代)でした。足回りを更新して7700系に更新された他は、地方私鉄に譲渡されたことは知っていましたが、7000系として廃車・解体された車両がなかったことは知りませんでした。
7700系も2018年11月に東急線からは引退したわけですが、そこから15両が養老鉄道7700系として再起したことには驚きました。何でも今後20年は使用される計画とのことで、ステンレス車体のタフネスぶりと東急のメンテナンスの丹念さには感嘆しきりであります。
写真の7914Fは、1964年3月に東急車輌で完成したデハ7120・デハ7027と1966年9月に完成したデハ7062を1991年6月にVVVFインバータ制御化し、7700系に改造したものです。2020年1月に養老鉄道に譲渡されました。
【撮影:佐野次郎 2018.6.5 沼部ー鵜の木間】

2020/05/23

E331系〈ケヨAK1編成〉

私は2010年から17年まで、海浜幕張駅まで通勤のため京葉線を利用していたのですが、海浜幕張駅に着く直前に京葉車両センターに留置されているE331系の姿を毎朝のように見ていました。
E331系は次世代通勤電車のための実証実験を行うために作られた電車で、小田急ロマンスカーのような連接構造や、一部に導入された向かい合わせ式の座席など先鋭的な仕様を多く盛り込んでいました。
E331系の要素を取り込んでもおかしくない、E235系にはあまり反映されていないようです。E235系はどちらかというとE233系を漸進的に発展させた形式のように思います。ステンレス鋼体や、情報処理システムの進化が目を引きます。
写真のAK1編成は2006年3月に川崎重工と東急車輛で完成したものです。2014年4月に廃車となりました。鉄道車両としては異例の短期間での廃車ですが、減価償却がどのように処理されたが気になります、写真は休日に営業運転に就いているところを撮影したものです。
【撮影:佐野次郎 2010.12.30 葛西臨海公園駅】

2020/05/15

京浜急行2000形(2461編成)

新型コロナウィルスの影響により、小生も自宅で過ごす時間が増えています。そんなときはじっくりと読書です。大学のときに学んだはずの経営学と、高校では得意科目だったはずの日本史を2本柱にテキストを決めて読んでいます。
日本史の本を読み直していて思うのは、唯物史観が説くように歴史は一直線に進化しているというわけではなく、同じような問題が繰り返し立ち現れているいることです。財政・外交・軍事・宗教、そして疫病の流行です。
それだけに歴史を学ぶことは現代を生きることにもつながるといえるでしょう。病気そのものへの脅威、経済的に生命が脅かされる脅威は過去にも繰り返し現れてきたものであります。
当面は撮り鉄どころではないですが、体調を整えて1日1日しっかりと生活したいと思います。写真の京急2000形2461編成は、1987年6月に川崎重工で完成し、2000年2月に3扉車化改造を行い、2016年3月に廃車となりました。
【撮影:佐野次郎 2011.4.2 金沢文庫ー金沢八景間】

2020/05/06

ピーマンの肉詰め

今日でGWも最終日となりますが、休日の過ごし方といえば、撮り鉄と買い物、ウォーキングを別にすれば、たいてい自宅におります。このところは撮り鉄や家族での買い物は自粛しておりますが、基本的にステイホームなわけです。
家にいれば、書斎コーナーで読書をしているか、ビールを飲んでいるか、寝ているかですが、ランチは私が作ることが多いです。料理は、鉄道・ギターに続く私の第三の趣味のようなものです。
わが家の基本は魚料理ですが、こちらはたいてい家内に任せております。私が作るのは、洋食、というか肉料理です。カレー、ハヤシ、揚げ物、パスタ、ピザ、麻婆豆腐など茶色いものが多いですね。
今回はピーマンの肉詰めですが、これもまあ毎月食卓に登場するメニューです。私の料理は、良くいえばスピーディ、悪くいえば雑です。あくまで家庭料理ですので、無理せずマイペースが長続きするコツでしょうか。

2020/05/05

205系(ケヨ6編成)

JR東日本の通勤路線では最後の純然たる新線であります京葉線も本年で開業30周年となります。当初は快速主体のダイヤが組まれていましたが、沿線の開発が進んだ現在では各駅停車の比率が高まっています。
開業20年の頃は、南船橋など停車駅が増えてきたとはいえ、現在よりも快速の比率が高く、車両も201系・205系・209系500番代・E331系とバラエティに富んでおりました。あっという間にE233系に置換えられたのですが。
私も京葉線には通勤で長いことお世話になりました。横浜から東京を経由して千葉まで毎日通うのは、どうしても時間がかかります。快速運転や乗換えの如何では短縮の余地も大いにあるはずですが、遠く離れた東京駅の京葉線ホームが立ちはだかります。
写真のケヨ6編成は、1989年12月に川崎重工で完成し、習志野電車区に新製配置されたものです。1990年3月に京葉電車区の所属になりました。京葉線での運行から退いたのちの2013年4月に4両が600番代に改造されて小山車両センターに転属し、宇都宮線小金井ー黒磯間・日光線用になりました。
【撮影:佐野次郎 2010.4.11 蘇我駅】

過去の記事から
京葉線201系〈ケヨK3+K53編成〉
京葉線205系(ケヨ26編成)
京葉線209系500番台(ケヨ31編成)
京葉線E331系〈ケヨAK1編成〉

2020/05/02

E231系1000番代(コツK-19編成)

おかげさまで本年も無事にGWを迎えることができました。昨年の今頃はパンデミックの発生をまったく想定しておりませんでした。2月11日を最後に撮影には出ていませんが、事態が収まるまでは撮影に出るのは控えます。
とてもじゃないですが、撮り鉄どころではありません。通勤にも緊張が伴います。電車の本数が確保されており、在宅勤務や休業などによって電車も空いていることには感謝をしなくてはなりません。
家内と買い物に出かけるのを楽しみにしていましたが、3月からは別々にしています。少しでも店の混雑を防ぐためです。通勤、必需品の買い物、体力維持のためのウォーキング、通院、実家の支援以外は外出を控えて、家でできる趣味を楽しみたいと思います。
写真のコツK-19編成は2004年10月に東急車輌で完成し、国府津車両センターに新製配置されたものです。帰宅時に利用している東海道線ですが、普段では考えられないくらい空いております。
【撮影:佐野次郎 2018.6.5 新橋ー品川間】

2020/04/26

E231系0番台(ミツB37編成)

さて去る3月のダイヤ改正で、ホームドア導入に対応するため、中央・総武緩行線を最後に6ドア車が全廃となった訳ですが、短区間を利用する分にはなかなか便利な存在だったと思います。
私も最寄り駅の山手から横浜まで利用するのに、京浜東北線209系の6ドア車があった頃はなかなか便利だと思っていました。おそらく快速線的なものと同一ホーム上で乗り換えができれば、6ドア車はより効果的な存在となったのではないでしょうか。
今回のダイヤ改正で、中央・総武緩行線は山手線からE235系導入によって押し出されたE231系500番台が主力となり、不足分をE231系0番台の6M4T化・オール4扉編成で補う体制となりました。
写真のミツB37編成は、2001年8月に新津車両製作所で完成し、三鷹電車区に新製配置されたものです。2019年10月に総武・中央緩行線の運用を離脱し、8両は大宮車両センターで武蔵野線向け転用工事を行ってケヨMU16編成となりました。
2019.8.15 高円寺駅

2020/04/24

E231系0番代(ミツB2編成)

去る3月のダイヤ改正で、中央・総武緩行線から6ドア車を編成中に組み込んだ編成がなくなりました。これで6ドア車は全廃になりました。6ドア車は以前、京浜東北線の209系、山手線の205系・E231系500番代、横浜線の205系、埼京線の205系にもありました。
混雑時の乗降時間短縮のために導入された6ドア車でしたが、ホームドア導入の障害になるために姿を消すことになりました。6ドアよりもホームドアのほうが、利用者にとってはメリットが大きいと思います。
中央・総武緩行線は今回のダイヤ改正で、深夜の中央快速線車両を用いた東京行きがなくなりました。学生の頃、よく遅くまで飲んでいてお世話になった各停の東京行きでした。201系で中央快速線が統一されていた頃の話です。
写真のミツB2編成は、2000年2月に東急車輌で完成し、習志野電車区に新製配置されたものです。車両基地の統廃合で三鷹車両センターの配置になりました。2019年8月に秋田車両センターで武蔵野線への転用工事を実施し、MU36編成となっています。

2020/04/18

荒川線7000形(7020号)

東京都電の中で唯一残った荒川線ですが、専用軌道が大半を占めるとはいえよくぞ残ってくれたものだと思います。長期的には徐々に利用客を減少させつつも、車両の更新も行われ、恒久的な存続という方針に揺るぎはありません。
中でも路面電車の新車などほとんど製造されなかった昭和50年代に、31両の7000形に車体更新を行ったのは画期的だったと思います。近年になって少しずつLRTの整備が進んでいることにも寄与している気がします。
とはいうものの、都内の事業所に勤務する人の多くは都外から通勤しておりますので、路面電車では運びきれません。都電の廃止は残念ですが、代わって地下鉄が整備されたのは交通機関の健全な発展だとも捉えられます。
写真の7020号は、1956年に新製された7000形の7074号を1978年2月にアルナ工機で車体更新・ワンマン化したものです。1989年1月に冷房改造が行われました。2006年6月に事故にあい運用を離脱し、2008年3月に廃車されました。
【撮影:佐野次郎 1992.3.28 飛鳥山ー王子駅前間】

2020/04/17

荒川線7500形(7513号)

4月も半ばを過ぎましたが、日々の暮らしの中にも新型コロナウィルスの影響がより増してきました。そんな中で普通に生活ができるのも、皆様の仕事の集積体である社会が機能しているからです。感謝しております。
さすがに撮影に出かけることはないのですが、鉄道趣味のありがたいところは撮影に出かけなくても、様々な楽しみ方があることです。この際に鉄道誌や鉄道書をゆっくりと読み直すのも良いのではないかと思います。
私の場合は、鉄道ピクトリアル誌を継続して購入し、あとは路面電車・蒸気機関車などの写真集を厳選して購入しています。鉄道ピクトリアル誌を読んで、その特集に関連するバックナンバーや別冊を読んでみるのがいいと思います。
写真の7513号は、1962年に新潟鉄工所で完成し、青山車庫に新製配置されたものです。1968年9月に柳島車庫に転属し、1972年11月に荒川車庫に転属しました。1977年8月にワンマン化、1985年に車体換装・冷房化され、2009年7月に廃車されました。
【撮影:佐野次郎 1992.3.28 王子駅前】

過去の記事から
荒川線7500形(7513号)ワンマン化前

2020/04/11

流鉄5000形(流馬編成)

流鉄流山線の沿線は、首都圏のベットタウンとして宅地開発が進み利用客も増加傾向が続いておりましたが、近年では「つくばエクスプレス」開業の影響もあって馬橋で常磐線に乗り換える利用客も減少しております。
車両の面でも2000形や3000形には3両編成がありましたが、現在ではワンマン運転の5000形2両編成に統一されています。地域密着型のミニ鉄道として、首都圏では貴重な存在になっていますね。
私は常磐線の特急「ひたち」を撮影しようと思って馬橋まで出かけ、ホーム上から流鉄も撮影しました。複々線の常磐線に張り付くように短編成の電車が走る姿は、鉄道好きには魅力のある被写体であります。
写真の流馬編成は、2009年12月に西武鉄道新101系の273.274号車を種車として、短編成化・ワンマン化したものです。2018年8月には塗装が変更され、さくら編成として営業運転に就いています。
【撮影:佐野次郎 2010.10.17 馬橋駅】